猫にそんなこと聞かないで。

発達障害とか精神科医とか猫とか外国とかの話

精神科医だってつらいよ。

 

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毎度おなじみ、自分の精神衛生のためにブログを利用して愚痴を垂れる。役に立つことは何一つ書いてないので、ほんとに読まなくていいです。勝手に書いて勝手に自己完結します。

 


先週の最長職場滞在記録56時間が終わったのが日曜の17時のこと。

 


それから24時間もたたない月曜9時には24時間勤務が待っていた。

 


私が月曜と金曜に日勤と当直を務めるこの病院は最近精神だけでなく体の悪い患者さんも受け入れるようになったので、精神科病院と言うよりは精神科内科救急病院と言ったほうがよさそうなカオスな状態にあった。

 


このままでは精神科医がハードすぎて死んでしまうため、内科的負担を軽くしようと火曜日と水曜日と木曜日に内科の先生が出勤することになった。

 

 

 

…コラ、ワシの内科的負担はどないやねん。ワシの勤務(病棟担当)、月曜と金曜やぞコラ!

 

 

 

と言うわけで、火曜日から木曜日に病棟を担当する先生は、精神科以外の事は全部内科の先生に頼めば良くなった。しかし私に関してはそんなの関係ねぇ、はいオッパッピーてなもんだ。

 


月曜日も着いてそうそう、患者さんが血ぃ吐いた、足が腫れた、腹痛がってて腹壁が硬い、腸閉塞…と日中走り回り、夜に何とか落ち着き、やれやれとベッドに横になる…

 

 

 

0時半に外来患者さんからと守衛さんから電話を受け取る。

 


「はい、どうしました〜」

「寝る前の薬を間違えて、夕食後に飲んでしまいました。どうしたらいいですか?」

薬の内容を確認し、「それだったら、今日だけ夕食後薬と眠前薬を逆に飲んでも大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」

 


再び寝る。

 


3時にまた、守衛さんから電話を取り次ぐ。

リストカットしたくなるんですけど〜」

 


よっぽどの感じがない限り、夜中にはあまり話を親身になって聞かない。でないと、「夜の方が話を聞いてくれるらしい」と言うことになれば、夜間に電話が殺到してしまうから。

 


少しだけ話を聞き、「明日、主治医が出勤してますから、受診日じゃなくても良いので受診して話を聞いてもらってくださいね」と言うと、相手の女性はいきなりブチ切れる。

 


「そんなこと言ってあんたが寝たいからやろ!大体アンタラはほにゃらら…何が、ほにゃららや!どうせほにゃららなんやろ!あんた名前なんや!…」

 


興奮してしばらく人の話をまともに聞くこともできそうにない感じだったので、しばらくしゃべるだけしゃべってもらいトーンダウンしたら話そうかと思い、一応PHSを耳に当てたまま書類の記入等をしていたら、急に切れてしまった。

 


なんだかんだで4時近くになり、あまり眠れそうになかったのでそのまま起きていろいろ作業をした。やれやれだ。

 


電話をかけてきたその人がこのブログを読むなんて言う奇跡的な事はきっと起こらないと思うけど、もしかしたら読むかもしれないので、ちょっと言わせて欲しい。

 


あのね、患者さんが夜中にかけてきたらいけないと言うわけではないんだ。ただ、それは緊急事態に限らせて欲しい。私が眠いからと言うのもそれはあるけど、それだけじゃないんだ。

 


このPHSは夜中にはほとんど鳴らないのだけど、逆に夜中にこれが鳴ったときには、病棟内でかなり緊急性の高いことが起こっていると言うことなんだ。

 


例えば…

「患者さんが首を切ってかなり出血している」

「患者さんが転倒して頭から血を流し血圧が下がっている」

「患者さんが何かを飲み込んで窒息状態になっている」

などなど…

 


こういう電話があれば、私は飛び起きて病棟にダッシュしなければいけない。時間との戦いの場合があるからだ。

 


こうした時に、例えば外からの患者さんが「眠れないんです…」と電話してきて、これに対応して電話がふさがってしまったら、看護師が走って当直室まで行かなければいけなくなる。1番遠い病棟の場合、かなりの時間のロスになる。

 


それに例えば、大柄な患者さんが暴れている時、夜間の看護は手薄だから、看護師がその持ち場を離れるのが難しく、当直室まで走っていけない場合がある。

 


ちなみに今週の月曜日は、血を吐いた患者さんの件で夜中に呼ばれるかもしれない日だった。

 


あなたは、「私の事情をわかってくれない」と憤ったかもしれない。確かにあなたの事情をわかってあげてはいない。ただ、こういう状態にある精神科当直の事情にも少し理解を示してもらえたらかなり助かる。

 


こんな、一精神科医のいつものぼやきであった。

 


ではまた。

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強みと価値観【後編】

(約2800文字)
こんしゅうは、きついよ。
きんようあさから48じかんきんむとおもいきや、にちようとうちょくのせんせいがこれなくなったから、そのままあすのゆうがた5じまではたらくよ。56じかんきんむだよ。しくしく…( ;∀;)
しかも、きょうはヘビーだった。さっきまでうごくかんじゃさんのあたま、ぬってたよ。エプロンもろくにぬわなかったのに。
つかれついでにブログかくぜ。あたまはたらいてないぜ。

(こんなこと言いながら本当は、気が合わない人たちと食事に行くことに比べれば、この程度の仕事量の方がまだ疲れない)




前編と後編でそれぞれ、生きる上での自分の「強み」と「弱み」について書いた。これを縦軸としたら、横軸は価値観だと思っている。この二つで自分の座標軸を定める。

さて、価値観とは何ぞや。何に自分が価値を見出すか。難しいことは考えない。

愛、優しさ、正義、論理、調和、安定、自然、発展、信仰、…金(正直!)、…

こんな感じのことかな?(かなりテキトー)
私にとって、一番重要な価値は、「自由」ということ。

こういうと、誰もが「そりゃあ自由なほうがいいよ」というかもしれないが、例えば「安定」には「停滞」が伴うように、「自由」には「孤独」が伴う。もしかするとさらに「失敗」やら「無謀」やらも伴うかもしれない。それでも、「自由」が好きという人は、それがあなたに向いているということだ。

私は今、2つの病院で二股をかけていて、どちらからも「常勤にならないか」と誘われたが、断って非常勤のままで働いている。それは、非常勤のほうが、自由に動きやすいからだ。実際、10月から勉強のためたびたびロンドンに滞在するが、その間、インド在住の先生に代診をお願いすることで、気ままにしたいことをさせてもらっている。

時々そんな私の生き方を「いいな~」と羨むようなことを言う人もいるが、実際に同じことをしようとする人はいない。みんな、常勤医でないと、きちんと指定医や専門医などの資格をとらないと、不安だし、それが当たり前だと疑わない。こういう人たちが、私と同じことをしても、価値観が違うのだから幸せにはなれない。

世間的な価値観に惑わされず、自分はどんな状態でいるのが一番ストレスが少なく、自分らしく生きられるのか、「みんながやっているから」とか「人から褒められるから」とかじゃなくて、もっとオタクのように「誰が自分のことをどんなふうに見ようとも、こういう状態が幸せ」みたいな純度の高い幸せについて、自分なりにセンサーを働かせるといいと思う。でも日本人はそれが苦手だよね。「他人の目」がまず先に来る。そこを突き抜けた先に本当の幸せがあると、私は思うんだけどなぁ。

何を選択すれば、何を手に入れれば必ず幸せになれるのか。そんな万能薬なんてないよね。宝くじで1億円当たったって幸せになる人もいれば不幸になる人もいるんだから。

toyokeizai.net

「こうすれば、絶対に幸せになれるはず!」と盲目的に思い込んだ親が、子供を無理やり東大に入れようと教育虐待をして、ストレスの溜まった子供がそのはけ口にいじめをするといったことが起こっている。


そこに行けばどんな夢もかなうというよ
誰もみな行きたがるが遥かな世界…


東大はガンダーラじゃないっつーの!
東大がそんなに好きなら直接自分が挑戦すればいいのに、自分ではやらず息子に代わりに挑戦させる。
息子は息子で、つらいなら直接親に反抗すればいいのに、親に歯向かわず自分より弱そうな子を虐める。



受験勉強よりも子供の本の中に、幸せになるためのヒントがたくさんあるよ。

例えば、「醜いアヒルの子」
内容は、皆さんご存知だろうからざっくり書くと、アヒルの子供たちの中で一匹だけ毛色の違う子がいて、醜いと虐められていたけど、大きくなったら実はアヒルじゃなく猫だった。大きくなった猫は自分を虐めたアヒルたちを焼き鳥にして食ったとか。まぁ、そんな感じの話。

この話を一文で要約する。

集団の中で劣っていると思っていた自分は、劣っていたんではなく単に違っていたのだ。

そして例えば、「シンデレラ」
原作では、ガラスの靴ならぬ金の靴に自分の足を合わせるために、母は姉たちに、指やかかとを切り落とさせてまでその靴を履かせようとする。これ、「東大」というハイソな靴にむりやりサイズの合ってない子供の足をねじ込もうとした上の記事の母親のようだね。

確かにそのキラキラした金の靴を履いている人は周りから羨ましがられるかもしれない。でも、その靴の中では血を流しながら足が悲鳴をあげている。
そんな窮屈な靴を履いて足から血を流しながら生きるくらいなら、私は裸足でいい。外から見れば、靴を履かない私は哀れで不幸な人に見えるだろう。でも私の足は開放感で喜んでいる。靴が欲しくなれば、自分でぴったりな靴を探しに行くか、なければ自分で作ればいい。


そろそろ気付こう。
周りとの「どっちが幸せかゲーム」から降りれなくって辛いよね。
笑顔で履いている、その成功を象徴するキラキラした靴の下で足は血だらけ。痛いんでしょ。


もう、いちぬーけた!で、そんな靴脱いで自分の靴を探しに行こうよ。
みんながイイねって言ってくれなくても着たい服を着よう。
心の声を聞こう。体の声を聞こう。ほんとにそれがあなたにとって幸せ?
そのハイスペックな浮気男にしがみついているのが、そのマウンティングばかりの有名企業にしがみついているのが、幸せ? 


ある医学生の女の子は、大学で卓球がしたかったのに、母親に婚活のために男ウケするテニスにしろと言われたそうだ。


こんなわからずやたちには、アンパーンチ


アンパンマンのマーチを聞いて、勉強しなさい。
www.bing.com

なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!


なんか文体が崩壊して何が言いたいのかわかんなくなったけど、いいんだ。私の価値観は「自由かどうか」だから。


君がどんな靴を履けば君の足は喜ぶのかな。

ではまた。

強みと価値観【中編】


(約4000文字)
前編では、私の「強み」について書いた。

nkobi1121.hatenablog.com

私の強みは、「貧乏と孤独に強い」こと。そしてその理由も書いた。

逆に私に「弱み」はあるのか。もちろんあるのだが、ではその「弱み」に対して私はどう対処してきたか。何を大切に生きることが私にとって幸せな生き方と思ったか、こういったことを後編でつらつらと書いていく。誰か一人でも何かの参考になれば…なんて思いながら。

勝間和代氏は、弱みについては次のように語っている。

私、「ストレングス・ファインダー」の講習会に行ったことがあるんです。

そこで言われたのが「弱みにフォーカスすると、人生の時間がムダになる」ということ。そうではなく、自分の強みにフォーカスする働き方をすべきなんです。

私の考えも大筋では同じだけど、ちょっとちがう。

私の場合は、「弱み」は克服可能なものとそうでないものがあり、克服可能そうであれば挑戦してみればよいが、どう考えても克服できなそうな「弱み」からは回避して生きるのが自分にとっては今のところ最良の道だと考えている。

まず私にとって克服可能な「弱み」、それは受験勉強だった。10代の頃は底辺の学力だった田舎の文系短大卒の私が、20代も半ばを過ぎて、いっちょ医学部受験でもしてみるかと思いつく。それまで勉強が苦手であったにもかかわらず、そんな身の程知らずなことを思いつくのは、ひとえに「俺はまだ本気出してないだけ」状態だったからだろう。

実際、自分の場合はやってみて、授業を聴くスタイルの勉強はできないけど独学はできるということがわかったから、食わず嫌いをせずやってみてよかった。同様に『おれはまだ本気出してないだけ』状態の人も、もしそう思うんならやってみればよいと思う。1年もあれば、それが自分に向いているかどうかが十分わかる。
この受験勉強については、勝間氏のいうように「苦手にフォーカスをするより得意なものに集中する方がよい」とは必ずしも思わない。偏差値40のものを50にあげるほうが、偏差値60のものを70にするよりもコスパが高いからだ。

他に、自分が克服しようと長年かけて挑戦してみたが最終的にあきらめた「弱み」がある。片づけ・掃除のたぐいである。昔からこれに関する本は何冊も買った。こんまり氏の本しかり、勝間和代氏の本しかり、やましたひでこ氏の断捨離の本しかり…。買って読んだ時には、「今度こそ自分も生まれ変わる!」と思った。でも無理だった。もう十分長い間取り組んできて、これは「克服できない」とわかったため、家の猫が3匹に増えたのを機に、片づけ・掃除をアウトソーシングすることにした。あきらめてよかった。

そして、自分が克服しようとすら思わない、絶対的かつ最大の「弱み」がある。それは、集団行動だ。中学高校と不登校気味だった私にとって、就職することは、恐るべき「終わりなき集団行動」を意味した。
私は高校の途中から喘息に悩まされるようになったが、それは今思えば、休もうと思えば休むことが出来た学生時代というモラトリアムの終わりに対する尋常でないストレスから来ていたのだと思う。もちろんハウスダストなど特定のアレルゲンは存在したが、心身症的要素が強かったのだと思う。なぜなら、一晩中悩まされていた喘息がひとたび日本を出るだけでぴたりと止んだのだから。

私は日本が嫌いなのではない。日本文化やこの国の四季が好きだ。でも、日本人の集団が苦手すぎて、特に「空気が読めない」という言葉が流行りだしてからというもの、集団の中で食事をすることを考えただけで喘息発作が出そうになる有様だった。

外国に行ってみて、まだそんなに外国語ができるわけでなかったにもかかわらず、外国人と話していると妙な居心地の良さを感じた。それはおそらく、「同じ言語・文化を共有しているのだからわかりあえて当たり前」と思っているかのような日本人との間に生じる絶望的な齟齬がなく、「違う言語・文化なんだから、分かり合えなくて当たり前」というところからコミュニケーションをとることが出来る心地よさだった。


「同じ言語・文化を共有しているのだからわかりあえて当たり前」と思っているかのような日本人との間に生じる絶望的な齟齬というのは例えばこんな場合だ。

同じ仲良しグループとか研修医で救急を回った時のグループとか、10人近くのグループで卒業や研修終了時などの節目に旅行に行こうという話が持ち上がる。10人もいれば私一人くらい行かなくてもよいと思うのに、
「え~? みんなで行かないと、誰が欠けてもつまんないよ!」
「思い出作りは大事だよ」
「みんなで行ったほうが絶対面白いから」
「一人だけ行かないなんて、そんなわがままだめだよ」
よってたかって説得される。

こういうことを言う人たちは、心から集団行動が楽しいのだろう。そして一人でレストランに入るのは寂しいとか恥ずかしいとかで居心地が悪かったりするのだろう。でも、私にとっては真逆なのだ。一人が楽しいし、逆に大勢と笑ってハイチーズって写真撮りまくったり、興味のない土産物屋に長居するとか、拷問でしかない。

彼らの強い説得にもめげず、かたくなに行かないと言い張る私。2時間程度の会食なら、まぁがんばるよ。1泊2日って、自分の時間とお金を無駄にして何でそんな我慢をしないといけないの!?
それでも結局、行くはずだったメンバーの一人が家庭の事情で行けなくなり、キャンセルが出来ないからと頼まれ仕方なく参加した。ことほどかように私は集団行動が嫌いなのだ。行ってみたら意外と面白かったなんてことが起こったためしがない。



私が23歳の時、25歳だった姉が結婚した。
挙式を見ながら父が、「猫pは無理して結婚をしなくていい。ただ、手に職をつけたほうがいい。お姉ちゃんは普通の人だから、結婚した方が幸せになる気がするけど、猫pは結婚で幸せになるとも思えないから…」と言った。両親は私に一度も「結婚」という言葉を出したことがない。「親から見てもそんなにモテないのか、私は…」と当時はがっかりしたが、今思えば、結婚に伴う親戚づきあいなどのしがらみが私には無理だ、ということだったのだと思う。

短大卒業前に周りの同級生が次々と就職先を決めても、自分は「本当にやりたいこと」がみつかるまではフリーターでいようと思ったのも、当時は喘息を原因にしていたが、今思えば就職で職場の集団と接することが恐ろしかったのかもしれない。



そんな私であるが、ひょんなことから「精神科医になる」と決めて、実際どうにかこうにか精神科医という仕事を続けることが出来ている。だからといって、日本人的集団行動ができないという「弱み」を克服したわけではない。では、どうしたか。


今私が働いている2つの病院では、私は医者の集まる詰所でなく個室を使わせてもらっているため、必要以上に同僚と生活を共にする必要がなく、ストレスもそれほど溜めずに働くことが出来ている。

1つ目の病院は大学病院に勤めていた時に週1で外勤していた病院であるが、1年働いてみて、感じの良さや融通の利きやすさを感じていた。一方で、病院側も私が一年働いている間に、「まともに働ける医者」と思ってもらえていたみたいで、大学病院を去るときに、「うちで働きませんか」というオファーをもらい、その交換条件というほどでもないが、「出勤日の夜にそのまま当直もするから当直室を使わせてもらいたい」と申し出て快諾してもらった。当初は、「フランス留学を控えているので、勉強に集中する環境が欲しい」とかなんとかいって、個室を手にしたのだが、フランス留学を終えてもまだそのまま個室を使用している。

もう一つの病院は、もともとよく行くバイト先の一つであったが、今年人手が足りなくなって、週2で非常勤にと頼まれた。この病院は雰囲気がよいので非常勤で働くのは嫌ではなかったが、「私、実は集団がちょっと苦手で、もうひとつの病院では個室で働かせてもらってるんです~」と試しに言ってみたら、仮眠スペース付きの広い個室をあてがってくれた。

こうして、私は苦手な「集団生活」に対して、自分が我慢して適応しようと克服するのでなく、自分に合った環境をつくることで解決した。今私は、自分で「発達障害」と言ったところで、「そんな風には見えない」と人に言ってもらえる程度に普通の社会人生活を送れているが、それは自分にとって「弱み」のある環境で我慢したりしていないからである。もし、人が多く干渉してくる職場でマルチタスクを強いられる場所に長く置かれたら、自分は社会不適合者になる自信がある。

私が環境に自分を合わせずに、環境を自分に合わせるようにすることが出来た原因として、就職の仕方にその秘密があった。

普通どこかに就職する時には、履歴書を持って、職場に面接に行くだろう。でもそのやり方は私には向かなかった。
まず、履歴書をまともに書こうと思えば、最初に短大を卒業してから医学部に合格するまでの長い間をどう書こうか悩む。正直に、ギャンブル場ディーラー→ニューヨークでホームレスとか、ピアノバーとか、→東京の映画学校(1日でやめる)→警備員をする→風俗店店長代理(逮捕されかける)こんなこと書こうものなら、まず雇ってもらえない。
自分としても、全く知らない病院で、収入くらいしかわからないと、自分にとって働きやすいかどうかがわからない。

ひろゆき氏が、次のように書いている。
toyokeizai.net

アレックスは、人生には3つのドアがあると語っていますよね。ファーストドアは、多くの人が並ぶ正面入り口。セカンドドアは、VIP用入り口。そして自分だけに見つけられる抜け道=サードドア。僕もアレックスと同じで、正攻法、つまりファーストドアに並ぶのではなく、必ず抜け道があるはずだと思うタイプです。

私はその本にあるような大物ではないが、正攻法で行かなくても、サードドアはあるのだということを経験で知っている。子供の頃に学校に行けなくても、途中でドロップアウトをしても、履歴書が輝かしいものでなくても、決してそれで終わりではないのだ。どこかにひっそりと自分のためのドアがあるのだと思う。

みんなやらないのはなんでだろう。やってみたら何が起こるんだろう。そう思ってやってみたら、大したデメリットはなかった、というような感じです。やったことのないことをして失敗したり恥をかいたりするのは、大したことじゃないですよね。僕はとりあえずやってみちゃう派なんですよ。

私もとりあえずダメ元で言ってみて、結果的に2つの病院で、医者の詰所を避けて個室で過ごせるという特権待遇を得た。やったもん勝ちだと思う。



ここまで「強み」と「弱み」について書いたが、これを縦糸とすると、価値観を横糸として私は自分の人生の選択を行っている。

思いのほか長くなってしまったので、後編につづく。

ではまた。

強みと価値観【前編】

(約2800文字)
だいぶ前になるが、勝間和代氏が「弱みにフォーカスするのでなく強みを活かす方がよい」という趣旨のことを語っていた。
r25.jp

これに対して、ADHDであっても23歳で公認会計士試験に受かったような優秀な人がそんなこと言っても、所詮は勝者の論理であるし、ほとんどの発達障害者はそこまで抜きんでた「強み」はない、といったような意見も散見された。
でも、「強み」っていったい何を指すのだろう。


どうやら「強み」とは、その人の得意なことという風に解釈されているように思える。「数字に強い」「コンピューターに強い」「会計に強い」「語学に強い」…他人から客観的に評価されうる、お金を稼ぐことに直結する能力といったあたりか。


ところで私にも私自身の強みだと思っていることがある。それは何か?


医者であること? まぁ食いっぱぐれのない資格ではあるけど、先のことはわかんないよね。歯科医や弁護士のように増えすぎて稼げなくなるかもしれないし。


私は自分の「強み」のおかげで、フリーターの頃から精神的には安定していた。



私の強みは、貧乏と孤独に強いこと。


例えば、生まれたときから超お金持ちの人って、かわいそうだなって思う。
だって、質の良いモノに囲まれて育ち、友人たちも同じレベルの人たちで、何不自由なく生きてきて、もしそれが、何かのきっかけで転落して、四畳半のアパートに住まなきゃいけなくなったら、それまでの生活と比較して惨めな気持ちになるだろうし、友人たちと比較して死にたくなるかもしれない。
あるいは、その生活レベルを維持するために、経済力のみの男に媚びを売ってお金はあるけど愛のない暮らしを選択するのかもしれない。

あるいは昔から勉強が出来て、有名進学校難関大学に入った人。周りの同級生がやれ外資系だ起業だとキラキラしているのに、就職でつまずいたり、名の通った企業に入ったけど上からのパワハラに遭い、ドロップアウトしてしまった人。

こうした人が不幸なのは、デフォルトのスペックが高かったということだと思う。するとどうしても、過去のキラキラしていた自分と比べたり、今もキラキラしているかつて同じ境遇にいた友人たちと比べてしまい、落ち込んでしまう。


私は今、たまたま医者だけど、もし仮に医師免許をはく奪され、4畳半アパート暮らしに戻ってもそんなに不幸と思わない。なぜかと言えば、もともとの自分のデフォルトがとても低い位置にいたから。だからプライドも高くない。働けなくなれば生活保護を申請するのも躊躇しない。



私は、小学校入学時の知的レベルがあまりに低かったらしい。
たぶんIQ70そこそこくらいの境界域。
ごく普通の公立小学校の入学進学が難しく、特殊学級(今の支援級)を勧められたけど、母が「楽なところに行くとどこまでも怠けるから」と私をむりやり普通学級にねじ込んだ。
でもね、普通学級の入学が渋られるレベルだから、授業なんてついていけないわけよ。だって1分も集中して聴いていられないんだもの。周りの子たちは優しかったよ。きっと「できない子には手を差し伸べましょう」と教えられたんだろう。
じっと座っていなきゃいけない授業が苦痛すぎて、爪を剥いたり、唇をかんだり、自分の髪を強く引っ張ったりしながら地獄の長時間を過ごした。たまに先生が面白いことをいったりして、皆がどっと笑う。自分だけそこに入っていけない。私が授業中に自傷しないですむようにか、母がマンガを渡した。私は授業中にこっそりとマンガを読んでやり過ごした。


そうか、私って「ばか」なんだ。しかも、この中で私だけが「ばか」なんだな・・・。しみじみと思った。


中学に上がっても高校に上がっても、椅子に座って授業を聴くという、多くの人にとって簡単なことが自分にはできなくて、学校にあまり行かずに家でピアノを弾いたりマンガを読んだりしていた。高校生になっても、分数の足し算引き算もおぼつかないレベルだった。


親は親で、私が変なのは、私が赤ちゃんの時に親の不注意で転落して後頭部を打撲し数針縫う大けがをしたからだと思っていたようだ。責任を感じたのか、勉強ができないことに対して何も言われたことがない。


子供の頃の私は、「勉強ができない」ことと「コミュニケーション能力がない」という2大障害があったが、それに対して、2つともいっぺんに克服するのは無理だろうと思った母は、勉強を捨てて、娘のコミュニケーション能力を育てようとしたのだと今になって思う。母によれば、たとえ勉強はできなくても、他人とコミュニケーションをとることが出来ればそこそこの稼ぎでも幸せに生きていけると思ったとのこと。このため、学校の宿題一つしたことがなかったが、漫画(特に少女マンガ)を読み込み、心理描写から人の気持ちを学んでいき、母とコミュニケートすることで、今でも時々失敗はするけど、どうにか人の気持ちを慮ることができるようになっていった。


この幼少期、私が親に叩き込まれたのはコミュニケーション能力だけではなく、徹底した節約精神だった。節約のために工夫を凝らす徹底した節約ぶりに、うちはいったいどれだけ貧乏なのだろうといつも思っていた。

しかし、実際には特に貧乏ではなかったようだ。大人になってから知ったが、親は私が経済的に自立できるとは思っていなかったため、私のために少しでもお金をためておこうとしたのだという。

この幼少期の貧乏生活が染みついているせいか、今貧乏生活に戻れと言われてもそんなに抵抗ないと思う。初めて一人暮らしをして払った家賃が1万3千円。そして今は3万5千円。ちょっと贅沢になってしまったけど、相変わらずスーパーの普通の納豆で食べる納豆ご飯で幸せになれる貧乏体質は健在。他の医者たちが高いワインを楽しんでても、気にならない。いつ貧乏になっても怖くないって、最強の「強み」だと思う。


あと、孤独も怖くない。もともと子供の頃からずっとひとりぼっち気分を味わって生きてきて、それがデフォルトだから。寂しいと思うこともないし、「友達や恋人や夫や子供がいない人」に見られるのが嫌、というふうに他人を気にすることもない。だから「ぼっち焼肉」も「ぼっち映画」も「ぼっちジャズライブ」も楽しめる。「ぼっちディズニー」は、もともとディズニー興味ないからね。

ということで、私の強みは、デフォが「勉強もできず友人もいない」低スペックであったことから、その状態に転落してもそこそこ楽しく生きていけるということ。見栄っ張りじゃないから、月12万くらい稼げたら笑顔で暮らせる。貧乏で友達いなくても、図書館と自然の多い公園があれば自分はまぁまぁ楽しく生きていける気がする。

さて、自分の弱みについて私はどうとらえているか。強みと弱み以外に自分が幸せに生きるために基準としていることなどについて、長くなったので後編に続く。

ではまた。

Yちゃんのこと

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夏の終わりの、季節の変わり目を感じる一陣の涼風に、なぜかふと、Yちゃんのことを思い出した。

 

 

 

Yちゃんは私が大学1年の時に初めて家庭教師をした女の子だ。彼女はその時中二だった。

 


やせっぽちでボーイッシュなショートカットで目が細く、いわゆる目のくりくりしたかわいい女の子といったタイプとは対極な感じだった。

 


彼女は口数が極端に少なく、目を合わせずニコリとも笑わない。

 


緊張してるのかもしれないけど、あまり好かれてないのかもな…と思うと、バイトに行くのもしばらくはちょっと億劫だった。

 


彼女は片親で、母親は有名私大出で、司法書士だか行政書士だか公認会計士だか忘れたが、そんな感じの仕事をするバリキャリだった。

 


一方で、彼女のお兄さんは引きこもり、彼女自身も、ごく普通の公立中学内であまり成績が良くない方だった。

 


お母さんが「この子を有名大学に入れて下さい!」といった気合の入った感じではなかったので、私はゆるゆるとまったりと勉強を教えていた。

 


彼女は割と漫画好きで、たくさんの漫画を持っていた。家庭教師の分際で、家庭教師に来てるのか漫画を借りに来てんのかわからないような私は、彼女の漫画の鑑識眼をほめたたえた。大いに気を良くした彼女は、私がカテキョに来るたび新しい漫画を仕入れては、

「〇〇面白かったっすよ!」と勧めてくれるようになった。

 


こうして、うすた京介を借りたり、ジョージ朝倉を借りたりしたなぁ…

カテキョ最高だな。ケーキ食べて漫画借りて帰れるんだもんな…

 

 

 

彼女が中学3年に上がってから、ことは起こった。

 

 

 

なんか様子がおかしいなと思っているうちに、ゴールデンウィーク明けにお腹が痛くなり学校を休み、彼女はそれから学校にいけなくなった。

 

 

 

どうやらクラスの男子に「ブス」と言われていじめられているらしかった。学校どころか家からも1歩も出られなくなった。

 


彼女のお母さんは私に言った。「勉強を教えなくてもいいから、ただ来て話し相手になってあげてほしい」と。

 


勉強を教えなくていいと言われたので、勉強の話題など全くせず、ひたすら漫画の話をして帰った。

 


当時はまだ電子漫画のサービスがなかったか定かでは無いが、まだ漫画は本屋で買っていた。

 


とりあえず彼女が再び本屋に漫画を買いに行けるように(そして私が新刊を再び貸してもらえるように)、まずはマンションの共同ごみ捨て場にゴミを出しに行くところから外出を再開した。

 


とりあえず吐くこともなくゴミ出しはクリア。

 


次は近所の公園をぐるぐる散歩しながら雑談をした。

 


その公園を散歩するようになって2ヶ月後位だったか、彼女が「もっと遠くに良い公園があるからそっちにも行く」と言ったので、違う公園でまた散歩しながら雑談をした。

 


こうして彼女は外に出ることができるようになり、母親が見つけてきたフリースクールに通うようになった。

 


フリースクールでは友達もできたようで、口数も増え明るくなった。そしてちょっと女の子らしいおしゃれもするようになった。

 


結局私は、6年生の終わりまで彼女の家庭教師を続け、家庭教師を終了した。彼女は大学に行きたいと、受験勉強を始めた。

 

 

 

 


それから2年。

三ノ宮のとある本屋で漫画を物色していると、ある女性店員が近づいてきて「あ、それめっちゃ面白いっすよ!」と話しかけてきた。

 


振り返るとそこに、大学生になったYちゃんがいた。本屋でバイトしてるのだと言う。

 


彼女は「実は留学したくて、お金貯めてるんです」と言って笑った。

 


家から1歩も出られなかったあのYちゃんが海外とはね…

 


Yちゃんの場合は、お母さんが焦らせずに良いタイミングを待ったのが良かったんだろうな、と思う。

 


ではまた。

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一精神科医の戯言


(3700文字)

(タイトルに傷ついたと言うコメントをいただいたので1部削りました。傷つける事は本意ではありません。)


島猫さんの記事を拝読した。
精神科医としては、耳が痛い。
catpower.hatenablog.com

島猫さんに限らずこの件に関しては多くの人が関心を抱いているようだ。亡くなられた患者さんや遺族に同情する人、精神科を怖いと思う人、気持ちはわかる。

ただ、精神科は害悪でしかないような意見に対しては、ちょっと待ってほしいと思う。


私は精神科医であるが、私自身精神科医を目指したきっかけが、自分の親友の通っていた精神科への不信感から来ている。
nkobi1121.hatenablog.com


最初は、ルポライターにでもなって精神科の闇を暴いてやろうかと思っていた。それこそ、島猫さんの言及した記者のような患者家族への聞き込みなどにとどまらず、統合失調症のふりをして入院することで暴露してやろうと思っていたのだ。しかし、「本当に薬漬けにされてしまったらシャレにならんから、やめとけ」と周りに言われ、それもそうかと精神科医になったわけだ。


確かにろくでもない精神科医や病院は一定数存在する。
しかしだからと言って「精神科医は」と断じてしまうと、すべての精神科医が無能で害悪ととられかねない。私はすべての精神科医が無能とも思わないし、逆に内科医にだって外科医にだってろくでもない奴はたくさんいる。

精神科の薬にしてみても、すべてが悪だとは私は思わない。
光が強ければ影も強くなるように、それなりに強い効果のあるものは副作用も強くなる。
99人に致死的な毒薬であっても、ある一人の瀕死の重病人にとってはその薬しか効かないという薬もある。ナイフや車のように、これまで人をたくさん殺してきたモノがあるが、だからナイフや車を規制しようとはならない。「誰が誰にどの匙加減でどのように使うか」という問題であると思う。使いようによってはどこの家庭にでもある食塩ですら人を殺せるのだから。「モノ」よりも「使う人間」側の問題である。

製薬会社と医者の癒着構造については、精神科に限らず昔から問題になっていた。昔は製薬会社のMRが医者を祇園に接待するなど派手に行われていたようだけど、今は厳しいご時世となっているのでおおっぴらなことは聞かなくなった。それでも一部の医者や病院ではあるのだろう。

ただ、知っておいてほしいのは、医者も製薬会社の社員も基本的にはもっとまじめに患者さんや治療について考えているということ。新薬についての勉強会ではMRがパワーポイントを駆使して以前の薬と比べてよい点をアピールするが、常に医師による「サンプルサイズ、小さいんじゃない?」「交絡因子の影響は考えたの?」「このp値じゃ有意とは言えないんじゃないの?」などと容赦ない突っ込みが飛び、MRの方たちは胃が痛くなるのではと思うような丁々発止のやり取りがある。当然MRさんもたくさん論文を読み込んで勉強してくる。

私自身が精神科医になってしまったものだから、精神科医の肩を持つように聞こえるかもしれない。しかし私の今までの記事を読んでくださっている読者さんだったら、私が精神科について批判的視点でも述べていることはご存知だと思う。


問題は、「だから精神科はダメだ。必要ない」と断じてしまうことによって、本当に精神科の治療が必要な患者さんが治療を受けなくなってしまうことだ。シロじゃなかったからクロだと結論付けるのではなく、白・黒・灰色がモザイク状に混在している中から、黒から逃げてなんとか白いところを見つけられるようにして、黒が選ばれなくなり淘汰されるよう、知恵をつけてほしいと切に願う。

そして、なんとか「ちゃんとした精神科医」を見つけることが出来たら、なんでも相談して主治医と信頼関係を構築してほしい。それが薬剤治療上も大切なことだ。

薬剤治療は、少量から開始し漸増する。ある時点から薬は効き始めるが、ある時点を超えると副作用が出てくる。この「薬が効いてるが副作用が出ていない」という区域内に薬を調整するのが基本だ。最初から複数の薬を使うと、増強作用や減弱作用によって最適値がわからなくなるからナンセンス。(ここの数字はイメージしやすいように適当に書いただけ)

効きが強ければ、作用、副作用共に閾値が低くなり、

効きがマイルドな薬なら逆に閾値は高くなる。

理想的には、作用の閾値が低く副作用の閾値が高い薬があればいいが、今のところ特に他より優れている薬はまだ存在していない。

しかし、医師と患者の相性によって、このような中間域の広いものにすることができる。それがプラセボ効果だ。

患者が医師を本当に信頼することができれば、「この先生が、私のためにこの薬を選んでくれたから、きっと効く」と思うことが出来て、実際にその薬が効きだす量より少量で効果が表れる。すると、副作用が生じる量よりもだいぶ少量なので、副作用に苦しむこともない。

逆に医者に対する不信感が大きければ、「どうせ効くはずがない」と思い込み、ノセボ効果が生じる。すると、なかなか薬の効果が表れないため、増量し続け、副作用域に入ってしまう。ダメな医者になると、変薬を考えず、足のムズムズに対する薬、便秘に対する薬、と副作用に対する薬も次々追加してしまい、肝臓や腎臓に負担がかかってしまう。

薬の効果の実に30%はプラセボ効果と言われている。精神科医が、現時点でまだまだ問題の多い向精神薬をうまく使いこなすには、このプラセボ効果を意図的に用いて、なるべく副作用なく効果を得られるようにしたい。そのためには、あまり精神科をむやみに嫌ったり怖がったりしない方が良い。


ところでセンセーショナルな記事を見ると、正義感の強い人々は激しく憤る。でも、「精神科は悪」と断ずることで得する誰かがいる可能性も考える。例えばこの本。


精神科の治療でひどい目にあったことのある人は、この医師の本を読んで、「同じ医師なのによくぞ告発してくれた!」と溜飲が下がる思いであるだろう。この本はコミックにもなっているけど、薬漬けにされた精神科の患者を救うヒーローみたいにこの医師は描写されている。

この医師は精神科の患者の薬を抜くということをウリに外来をしているみたいだけど、「薬を徐々にでなく一気に抜く」などという耳を疑うようなことを言っている。一気に抜くことで不安焦燥がひどくなり自殺などの衝動性が高まることは精神科医ならだれでも知っている。そのうえ、高額のサプリを売りつける、セミナーと称し、講演するだけで高い金をとる。
あきれたのは、「生活保護の患者はお断り」とのこと。自業自得だとかなんとか言っていたけど、自由診療で金儲けをするのに生活保護の患者さんは邪魔だってことだよね。結局、生活保護を受けるほどの症状の重い患者さんは相手にせず、症状の軽くてたくさんお金を引っ張れる患者さんを選ぶという…

まぁ、患者さんが精神科不信となるのも、上のような変な医者が幅を利かせるのも、精神科医がふがいないからというのはあるんだろう。その点で、島猫さんが、「日本でも医師免更制にすべき」という意見はもっともだと思う。
ただ、医師はとっても要領がよく、専門医試験などのペーパー試験も、ちょっと過去問を2,3周して難なく合格する。そして、専門医を持っている医師が専門医を持っていない医師よりも優秀ということには必ずしもならないのだ。

そこで私が思うのは、専門家や第三の機関が抜き打ちで「患者」となり診察を受け、評価をすること。医師の態度、検査の妥当性、インフォームドコンセント等など。いつどこで評価されているのがわからなければ、ちゃんとせざるを得ないからね。

ところで精神科の長期入院はよく槍玉に上がるが、果たしてこれは精神科病院だけの問題だろうか。金儲けのため患者を不当に抱え込むような病院は論外だが、退院が可能なくらいに精神が回復して、入院するほどではないが一人で生きるには難しい程度の患者さんの退院後の居場所をこちらが手を尽くして探しても、家族は見れない、施設からも断られる、など社会で患者が暮らすことができないという日本社会の構造上の問題があり、奇声を発したり独語をすることに対する社会の不寛容は他の国より日本でより顕著だ。

まとまらなくなったので、このへんで。
ではまた。

天国にいちばん近い乗り物

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お題に乗っかって、乗り物について書く。私は車の種類は全くわからない。大好きな乗り物は自転車と電車。電車はその昔、ヨーロッパで2週間ほとんど下車しない電車内引きこもり1人旅をしていた位好き。死ぬ前にシベリア鉄道は絶対乗りたい。もちろん日本の青春18切符もよく乗った。

 


しかし今日書くのは、電車についてではない。今一番大好きな乗り物について書く。

 


私は24時間勤務や48時間勤務など、長期間の職場拘束から解放されたときに、必ずアレに乗る。乗ると天国に連れて行ってくれるアレだ。

 


シートベルトは閉めなくても良い代わりに、「ポケットに鍵や携帯電話などを入れたままにしないでください」などとやたら厳しい。

 


200円を投入口に入れ、シートに座り目をつぶる。すると天国行きの車は走りだす。

 


はうぅ…。くうぅ…

 


悲しいことに、天国の滞在時間は短い。

15分経つと無情にも外界に戻される。

 


待って、もっと…

 


こうして、また200円が投入口に吸い込まれる。

 

 

 


そう、私の今一番大好きな乗り物とはこれである。値段を見てみたら、意外と2、3年で元が取れる、と思ったが、さほど広いと言えない今の家にあんなごついのを置くのはどうか…。やっぱりたまのお楽しみにしておくほうがいいか。

 


もともとは肩こりとは無縁で、マッサージなどしてもらってもくすぐったいだけだったのだけど、毎日やたらに重いカバンを持ち歩くせいか、時に長時間緊張感を強いられるような仕事内容のせいか、すっかりマッサージが気持ちいいと思える体になってしまった。

 


実は我が家にもマッサージ師たちがいるのだが、彼らにはマッサージ師としては致命的な欠点があった。

 

 

 

 


ところで昨日、寝る直前にフィリピン人の女の子とSkypeをした。彼女は中学時代の同級生のお葬式で初恋の男の子と再会し、付き合うことになったそうだ。

 


その内容に引きずられてか、夢を見た。

 


夢の中で私は、中学時代の同級生で初恋の男の子に再会した。

 


実際には、その同級生は夢がでっち上げた架空の男子だったのだけど。

 


夢の中で彼は言った。

「実はずっと前から好きだったんだ。だから、オッパイ揉んでいい?」

 


なぜか夢の中の私は言った。

「はぁ、どうぞ…」

 


ことわっておくと、私はエロい夢を見ることはない。夢自体めったに見ないか見ても覚えてない。

 

ちなみに我がおっぱいはここのところ、私が座っていて猫が私の顔にスリスリしてくる時に前足を置く台としてしか機能していない。

 


さて、ベッドの上で彼は私の胸を揉み出した…と思ったが、揉んでる場所が胸より下なのだ。そこはどちらかというと、腹…

 


彼にそう言うと、

「いや、ここにも胸はあるよ。猫のオッパイは下腹にもついてるんだ」

 


いや、でもそこお腹だから…

 


「そんなワガママ言ってたら、いつまでたってもお腹の周りの脂肪が落ちませんよ!」

気がつくと、初恋の彼ではなく、エステのお姉さんが私のお腹を揉んでいる。お姉さんは、もう一人のエステティシャンを連れてきて、左右から私のお腹を揉み始めた。

 


極楽気分のマッサージと違い、エステは脂肪を落とすのが目的のせいか、気持ち良さはなく、痛い。

 


思わず「いたい…」と言うと、エステのお姉さんは言う。

 


「脂肪を落としたかったら我慢して下さい」

 


しかしこの痛みは、力いっぱい揉んでいるからと言うよりは、長い爪が食い込んでるからでは…?

 


見ると、エステティシャン達はごっついネイルをしていた。

「あぁ、コレね。いいでしょ、夏の新色なんですよ!」

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エステティシャン達は、長い爪を私の肌に食い込ませながら、さらにぐいぐいと揉み込む。

 


痛い、痛いよう、爪が…

 


目覚めると、2匹の猫がせっせと私のお腹を揉んでいた。

 


猫を飼っている方はご存知だけど、猫は母猫のおっぱいを飲む仕草の名残として、甘えモードの時に飼い主のお腹や毛布など柔らかいものを揉む習性がある。その際に手が交互にグーパーするのだけど、パーの時に爪がシャキーンと出るので、着ているものが薄いときは揉まれると割と痛いのだ。

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あぁ…

自分の誕生日にでも、自分へのご褒美に爪の長くないマッサージ師にマッサージしてもらおうかな。

 


ではまた。

 

今週のお題「わたしと乗り物」

…乗り物の話ではなかったね。

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