猫にそんなこと聞かないで。

発達障害とか精神科医とか猫とか外国とかの話

エスカレーターを逆走する。【ADHD猫p式受験勉強法・予告後篇】

こんにちは、猫pです。

前回私は、医学部受験等の難関系資格試験について、知っておかなければいけないけど、意外と知る人の少ない大前提があるといいました。



それは、何か?



今日はそれについて話します。

今日の私はちょっと厳しいですよ。

覚悟のある方だけ、読んでくださいね。





日本人は基本的にまじめで努力家です。

そして、『コツコツと地道に努力すればいつか報われる』という努力信仰を持つ人が多いです。



その考え自体は悪くないと思います。

戦後日本の復興・発展には、こうした多くの善良かつ勤勉な日本人のたゆまない努力に依る所が大きいのは周知の事実です。



しかし、今回私が、受験勉強法をご紹介する主な対象は、もしかしたらどこかにいるかもしれない、学生時代は全く勉強してこなかった、または進学校じゃなかったけど、いろいろなことを経験したのち、医者という仕事にあらためて生きがいを見出してしまったという無鉄砲なあなたです。



あなたが20歳を超えているのなら、『地道にコツコツ』とか、『急がば回れ』的な考えは捨ててください。



『1万時間の法則』という有名な法則があります。

この法則はもともとは、様々なその道の達人になった人たちが、平均して1万時間以上の練習量を費やしていた、というデータを示しているに過ぎません。それなのに、世間では、1万時間費やせばその道のエキスパートになれる、といったまことしやかな曲解がまかり通っています。



ヤフー知恵袋』などで、『いまから頑張れば〇〇になれるでしょうか?』といった問いに対し、この『1万時間の法則』を持ち出して、『だから、頑張ればなれます。がんばってください』などと回答している方、いらっしゃいますが、この方はこの『1万時間の法則』を使って、何かのプロになられたのでしょうか?



もし、これが正しいのなら、英語がペラペラになりたい人は、3年間だけ会社を辞めて、1日10時間毎日勉強すれば、3年後を待たずして、ペラペラになるということになります。東大にだって入れるでしょう。もしこれが、確実だったら、2,3年を何かを極めるために投資しても惜しくないですよね。



しかし、実際は、長年、長時間一生懸命勉強していても、なかなかそううまくは行きません。



時々、『5年計画で東大合格(あるいは、医学部合格)をめざす!』というような頑張り屋さんもお見かけしますが、この考えは危険なのでやめたほうがいいと思います。



何が危険かというと、『こんなに頑張っているんだから、いつか報われるはず』と、10年、下手すると、20年も受験に挑む予備校の牢名主たちの仲間入りをすることになるリスクがあるということです。

この、恐ろしいシナリオはこうです。

何年も受験を続けているうちに、自分の生活を支えてくれている両親は年老い、気づけば自分も、いまさら受験をあきらめて、企業の面接を受けようとしても、年齢ではねられてしまう、友人たちは、とっくに結婚し、子供もいて、昇進もしてて、マイホーム持ってたり、海外旅行のインスタ上げてたり、自分に対しては、腫物を触るような扱い。もうどっぷり中年の年齢なのに、ずっと浪人をしていて自分の中では、若いままで時が止まっているため、45歳無職・浪人生中年男というスペックで18歳の女性に声をかけ、冷たい仕打ちを受ける…



怖い!! 

これ、すっごいホラーじゃないですか!?



どうしてこんなことが起こるのか。





それは、彼らが、難関資格受験を、

遥かな遠い道のりだけど、コツコツ地道に歩いていくことで、いつかはたどり着く目的地のように捉えているからです。



だから、彼らは、『たとえ何年かかっても!』というのです。



残酷な事実ですが、彼らは難関資格受験について思い違いをしています。



私が、医学生時代に予備校で受験指導をしていた時、この考えに陥っている方がたくさんおられました。





私が今日、皆さんにお伝えしたかった受験に必須の大前提、それは、



『受験は、歩く距離(勉強量)を増やせばいつかたどり着ける目的地などではありません!



受験とは、下りのエスカレーターを逆走して、エスカレーターの頂上にたどり着くことなのです。』



(実際に下りのエスカレーターを登ったりしないでくださいね、危険なので)





想像してみてください。



下りのエスカレーターを逆走して、頂上にたどり着くには、エスカレーターの下りの速度よりも速いスピードで登らないといけません。どんなに長い間歩いても、エスカレーターの速度以下のスピードでは、永遠にたどり着きません。

この下りのエスカレーターの速度とは、覚えたことを忘れるスピードです。要は、『覚えたことを忘れるスピードを上回るスピードで習得していく』ということが大事なんです。

そのために、重要なのは、『距離』ではなくて、『速度』、言い換えれば、『勉強量』でなく、『単位時間あたりの勉強量』なんです。



しかし、悲しいかな、この下りのエスカレーター、年をとればとるほど、スピードを増すんですよ。



だから、その加速したスピードに負けないスピードでゴールまで走り続けないといけない。

途中までは、エスカレーターのスピードに負けなくても、途中でどうしたってスタミナが切れてきます。

だから、受験は『たとえ何年かけても!』ではなく、短期決戦でいかないといけないんです。



私は、受験勉強を開始してから、受験勉強の合間の休憩に、各種受験勉強法をはじめ、『隙間時間活用法』『記憶術』『集中力をつける方法』等を読んで、『勉強法の勉強』をしていました。



(私の書斎には、ものすごい数の本がありました。この書斎、またの名をジュンク堂といいます。ジュンク堂さん、何時間もタダ読みしてごめんなさい。)



幸いにも私は、早い段階で、受験はエスカレーターの逆走だということに気づきましたが、かなりたくさんの本を読んだ割にはこのことを指摘した本はありませんでした。

もっとこのことを常識にすれば、悲しい多浪生は増えなくなるのにね。



そんなわけで、人生の貴重な時間を無駄にしないためにも、医学部に挑戦してみようかなって方は、次のことをお勧めします。



私の受験勉強法を参考にしながら、仕事を続けながらでも、1年間必死になって勉強してみてください。

勉強開始から、ちょうど1年後に、大手予備校の模擬試験で偏差値60を超えたら、続行してみてもよいのではないかと思います。

60を越えなかったら、受験は辞めておきましょう。偏差値を50➡60にするより、60➡65にするほうがはるかに大変なので、60に達するのに時間がかかるようなら、ちょっと厳しいです。



この見極め方なら、例え賭けに負けても1年間の損失で済みます。



自分は仕事と両立しているから、とか、子育てと両立しているから、といってそれを理由に悠長に勉強をしていると、いつまでたってもエスカレーターから降りれませんよ。それが、趣味の勉強なのなら別にそれでもよいのですが。



今日は、ちょっとシビアな猫pでした。



厳しい現実をあらかじめ知っておいてほしかったのは、それでも、この厳しさを乗り越えて、そこらのエリートを蹴散らす面白い精神科医が誕生することを期待しているからです。



あ、精神科疾患をお持ちの方は、くれぐれも無理はしないでくださいね。ストレスと睡眠不足は病状悪化のもとですから。



厳しいことは書きましたが、猫p式受験勉強法は、基本的に楽しんでやる方式ですので、ご安心を。


次回からいよいよ、禁断の?猫p式受験勉強法の具体的内容に入っていきます。

(つづく)



下克上のすすめ【ADHD猫p式受験勉強法・予告前篇】


こんにちは、猫pです。



今回から、私が実際に行っていた受験勉強法を紹介するシリーズをお送りします。

とはいっても、いつも見て下さる私の読者様って受験勉強なんかとうの昔の話ですって方々が多いし、さらに娘、息子も受験は終わってますっていう大お姉さま大お兄さまもいらっしゃいますし、『持病でしんどくて、勉強どころか、生きているだけで精いっぱいだよ』って方も多かった気がします。



…誰得なんだ、この企画!?とも思いましたが、



なぜこの企画を始めようと思ったかというとですね…




本当に医者になるのがふさわしい人に、医者になってほしいなと思ったからです。



ブログを始めてから、多くのブロガーさんとブログ上で交流してきましたが、本当の意味で知的な人、洞察力の優れた人、他者に暖かいまなざしを注げる人、ユーモアのある人、人の弱さや痛みに共感し寄り添える人…自分もこうありたいと思う素敵な人がたくさんいらっしゃるのですね。



時々、『いっそ、この人が医者だったほうがいいんじゃないかな(実際は患者さんだけど)…』と、ブロガーさんの記事を読みながら思ったりすることもありました。



自分自身がつらい思いを経験した人が、そのつらさを熟知しているがゆえに、同じような境遇の人を救いたいという思いから、医師をめざそうとする人もいらっしゃると思います。



ところが、多くの人が、『年齢が高い』、『お金がない』、『成績が悪い』などを理由にあきらめてしまいます。



この三つの理由、かつての私にすべて当てはまっています。



さらに、知り合い等から、『おまえが医学部に受かるわけないよ。現実をみなよ。』と言われてあきらめてしまう人もいます。

実際、私も医学部受験を公言すると、そこそこ良い学歴の方々から、苦笑まじりに諭されました。



進学校出身でもなく、短大文系卒だから、受験の現実を知らなすぎる。子供のころからやっているかどうかで、すでに勝負は決まっている、とか、よかれと思ってか知りませんが忠告してくる人たち、いました。



受験が終わり、関西に引っ越す前に、たまたま忠告者の一人に会うことがありました。



『受験勉強、がんばってるの?』と、ニヤニヤしながら聞かれたので、



『おかげさまで』と、合格報告をすると、露骨に驚かれました。

その後、私の周りで、にわかに医学部再受験ブームが巻き起こりました。と言っても3人ほどですが。



短大文系卒がバイト片手間に受験して受かるくらい、医学部受験が易化したか、私の受かった大学が、実は知る人ぞ知る穴場的に受かりやすい大学と思われたか。



どうも、間抜け面をした私が成功すると、『あいつができるんなら、おれだってやればできるはず!』と思わせてしまうらしいです。



でも、その後、私の周りの挑戦者たちが医学部に合格したという話は聞きません。



彼ら、元の学歴がそこそこ高かったというプライドからか、私にいっさい受験勉強の仕方について尋ねてきませんでした。

訊かれたら、教えたんですけどね。



でも、よかったです。彼らのように、自分の虚栄心を満たすのが目的のような人に医者になってほしくないので。





現代の日本では、身分で職業が固定されてしまうことはほとんどありません。

貧しい生まれであっても、医学部に合格して医者になることは可能です。

機会は均等なのです。



にもかかわらず、ふたを開けてみると、

医学生の親は、医者か年収1千万越えの裕福な家庭ばかり。

東大生の親は東大卒ばかり。



ほらね、やっぱり、遺伝なんだよ、と落胆する人もいるでしょう。



これは、半分正しく、半分間違っています。



確かに、こうした高学歴に属する人の中には、頭の中身がどうなっているのだろうと思うような、常人の域を軽々と超える、いわゆる「天才」と呼ばれる人たちもいます。



でも、高学歴のその他ほとんどの人が、もともとは、平均~やや上の頭脳であり、父親の経済力と母親の教育熱の助けもあって長年かけて現在の地位を得ているのです。



もちろん、そういったエリートな生まれの人たちでも、『病気でつらい思いをしている人を助けたい』という動機で医者になった人はたくさんいます。

(家庭内でマンガは『ブラックジャック』だけを読むことが許されていたりと、親の洗脳によるところも多々あるようですが・・・)



しかし、その他の多くの人が、

成績が良いから学校や塾で医学部を勧められた、とか、

兄弟も医学部だから、とか、

クラスのほとんどが医学部を目指すから、とか、

偏差値が一番高い学部だから、とか、



そんな動機で医者になられても・・・って思います。



世の中には、他者の心の痛みを思いやること、その人の立場になって考えることにかけて優れた人がいます。



本来、そういう人が精神科医になるべきでしょう。



残念ながら、私にはもともとそういう資質は備わっていないので、いろいろな人と交流したり、様々な経験をすることで、少しでも後天的にそういう資質を獲得しようと努めています。



もともと他者を思いやる能力が高いわけでもないのに、机上のお勉強ばかりで、付き合う人たちは自分と同程度の経済環境、年齢、職業の人たちだけ・・・。そういう方が精神科医になると、どうでしょうか。(というか、そういう方が多数派ですけどね)



先日、ある精神科の女医さんのブログを見つけました。



その方は、クリニックを経営していて、5分診療などじゃなく、じっくり診療をしたいという『善意』から、完全予約制をしてらっしゃる、熱意はある女医さんでした。



でも、ドタキャンをする患者さんに対して、『悪質だ』、『こういう患者さんはブラックリストに入れて、次回から診ません』と厳しく批判する姿勢に疑問を抱きました。

彼女の言うことは、正論です。精神科の患者さんだから、ドタキャンしてもいいということではありません。



でも、『精神科のクリニック』なんです。

『ネイルサロン』の予約のドタキャンじゃないんです。



以前、私の読者さんのブログのコメント欄に、『本当に具合が悪い時は、診察日を待たずにすぐに受診したほうがよいです』とコメントすると、以前そのようにしたら主治医の機嫌が悪くなったというお返事を頂いて唖然としましたが、そういう先生、多いんでしょうね。



おそらく、このような先生方は、子供のころから無遅刻無欠席、宿題もきちんとこなすような模範的な学生で、それゆえ『だらしない』ことが許せないのでしょう。



でも、どうして、精神科の患者さんが時にドタキャンしてしまうのか、どうして留守電にメッセージを入れることはできるのに、折り返し電話をされても返事をしないのか、その理由を察する能力がないのなら、閉じているコメント欄を開いて、精神科疾患の患者さんと実際に交流してみてほしいと思います。





私にはうつ病を患う親友がいます。彼女はもともとは、まじめで学校は無遅刻無欠席、常に学級委員に選ばれ、周囲の信頼も厚く、責任感の強い人でした。




彼女がうつ病になってから、あるクリニックに向かう途中、ひどい無気力が襲い、道端に座り込み、一歩も歩けなくなりました。

すでに誰もが携帯電話を持っているご時世でしたが、彼女は自分の精神の安定を守るため、携帯電話をあえて持ちませんでした。



そのため、連絡することもできず、半ば這うようにしてたどり着いたクリニックで、彼女は主治医に責められました。



『みんな時間を守ってきているんですよ。あなたのように連絡も入れずに勝手に遅れられると迷惑です。』

彼女は、帰りの歩道橋から身を投げそうになりました。

もともと『だらしない』人じゃないんです。誰よりも、まじめな頑張り屋で、誰よりも約束を守る人なんです。

そんな人が、自分の行動をコントロールできなくなることの想像を絶する辛さをわかろうとしない人が、精神科医にならないでほしいです。



クリニックに遅れて たどり着いた患者さんが、例えば体から大量出血していたら、医師も責めなかったでしょう。



でも、精神科の患者さんの苦しみは、目に見えないんです。見た目は何ともなさそうでも、大量出血に相当するダメージを受けている人もいるんです。



精神科医がそれを察してあげないでどうするんでしょうか。







だから私は、

狭い世界しか知らないエリートたちでなく、

挫折を含めいろいろな経験をした人、正論を振りかざすのでなく、人間的な温かさのある人に精神科医になってほしいのです。



面白いじゃないですか?

元タクシー運転手の精神科医、元喫茶店マスターの精神科医、元清掃員の精神科医、…



精神科医という職業を、エリートたちの独占職にしないよう、

われこそはという方は、下剋上しましょう!



私だって、元は、違法ギャンブル場従業員、警備員、風俗店受付兼店長代理、その他いろいろ・・・



低学歴貧乏育ちの雑草魂、なめんなよってもんです。





しかし、ここまでたきつけておいてなんですが、

医学部受験などの難関な試験をクリアするには、必ず知っておかなければならないにもかかわらず、多くの人が気づいていない勉強法の大前提が存在します。



それを知らずに勉強をすると、どんなにがんばってもむなしく年月を重ねるだけということになります。



その大前提とは、何か?



次回に続きます。

あのさぁ、もういい加減想像力のない発言を垂れ流すの止めてくれませんか?

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こんにちは、猫pです。

今日は別の病院で当直中です。

自分の記事をupし、他の記事を眺めながら、『眠いから二度寝でもするかな』と思っていましたが、次の記事を読んで一気に目が覚め、今こうしてパソコンに向かってます。怠け心が吹き飛びました。Mさん、ありがとうございます

 

www.goodbyebluethursday.com

私がほかの人のブログに言及するときは、たいていいい意味での言及がほとんどなのですが、今回は異議申し立てです。

 

この方の主張は、おおざっぱに言えばこういうことです。

『ほとんどの人がスマホを持つこのご時世、道がわからなければスマホで調べればいいのに、それをしない。自分で調べずに人に頼ろうとすることにイラっとする』

 

この方のような考え方は、日本ではわりと多いのかもしれません。

この方は、

 

『現代において、見境なく他人に話しかける行為には危険を伴います。私のように少し頭のおかしい人に当たってしまう場合もあります。何か事件に巻き込まれる可能性もあります。』

 

このようにおっしゃってるけど、この方は、このように自嘲的にご自分のことを『頭のおかしい人』と言うだけで、まごうかたなきマジョリティです。それは、次の思考から明らかです。

 

『(普通)スマホぐらい持ってるでしょ』

 

この、(普通)というところは、私による補足ですが、このようなマジョリティの方々は、何の迷いもなくこのように考えます。

 

 

私は精神科医をしています。精神科の患者さんが他の身体疾患を持つ患者さんに比べてより悲劇的である点は、見た目にはどこも悪いように見えない点です。もちろん、叫び声をあげていたり、支離滅裂な独語をつぶやいている人くらいになれば、疾患の存在はだれの目にも明らかですが、見た目が若くて健康にみえる人で、普通の人が容易にできることができないという患者さんもたくさんいて、彼らは『(普通)~くらいできるでしょ』という周りの目に常におびえています。

 

かくいう私も、ADHDを抱えています。仕事の時だけは集中力を保つことができているので特に問題は起こりませんが、一度職場を出ると、一気にADHDらしい特性に悩まされることになります。

 

例えば、私は、長年関東や関西の都市部に住んできました。都市部では電車で通勤通学するほとんどの人が、JRが発売しているSuica IcocaというICカードを利用していますが、私はそれを持たず、いちいち券売機で乗車券を買います。友人と一緒に出掛ける時は、どうしても先に改札を通る友人が自分を待っててくれるかたちになるので申し訳ないとは思うのですが、チャージしたばかりのカードを何度もなくすため、持つのをやめたのです。自分のスマホで使えるアプリが出れば、アプリを使用するつもりではいますが。幸い、私は友人に恵まれているのか、いらだちまじりに、『ふつう、Icoca使うよね!?』などと言う友人がいなくて助かっています。

 

世の中には、多くの『普通の人』に見えるマイノリティがいます。私の親友もそうです。彼女は、はた目には普通にスマホを持っていそうな『普通の人』ですが、スマホを持っていません。ひどいうつ病を患う彼女にとって、余計な色や音などの刺激、過剰の通信は神経を過度に疲れさせてしまうので、生きるためにあえてそれを持たないのです。スマホどころか普通の携帯も持ちません。

 

 

nkobi1121.hatenablog.com

 

今の社会は、『(普通)ケータイぐらい持つよね?』という社会なので、町で見かける公衆電話の数がめっきり減りました。私の親友は、精神科の受診日にクリニックに行こうとして途中で猛烈な気力低下に襲われましたが、街中に公衆電話がなかったため、這うようにしてなんとかクリニックにたどり着きましたが、主治医に『遅刻するなら、電話ぐらいできますよね?』と責められ、一気に希死念慮が強まりました。

 

『(普通)電話ぐらいできますよね?』その電話を持つ(普通の)ことすらできないくらいつらいから、精神科に通っているのです。

 

彼女だけじゃなく、街には多くの『(ふつう)~くらいできるよね!?』を浴びせられる被害者がたくさんいます。

 

電車の中で、一見健康そうな若者が満員電車の中で優先席に座っているのを見て、えらそうに説教した人はいませんか? もしその人が長期間立っていると足に負担のかかる疾患を持っていたとしたら? 抗がん剤治療をしながら仕事に行くがん患者もはた目にはそうとわかりません。

 

券売機でお金をスムーズに入れることができずその人の後ろに長い列ができているときに、舌打ちをした人はいませんか? その人の手が、重度のリウマチ患者のように曲がっていたら誰もそんなことはしないかもしれません。でも、見た目には異常はなくても、神経の損傷で指が動きにくいひともいるんです。

 

こうした人々のいらだちは、どれもこれも、マジョリティの自分を基準として、『(普通)もっと~できるだろう』という考えからきています。

 

でもね、今あまり人に迷惑をかけていないマジョリティのあなただって、いつマイノリティに転じるかわからないんですよ。ふとしたことがきっかけで精神科の病気にかかることもあります。がん患者となり、抗がん剤治療をしながら仕事にいかないといけなくなるかもしれません。頭を打ち、前頭葉を損傷したせいで、見た目はなんともなくても衝動をコントロールできなくなり、周りに迷惑をかけるようになるかもしれません。

 

『普通』に合わせた社会はどんどんマイノリティを辺境に追いやります。その住みにくさに、自分がマイノリティの立場になって初めて気づくのです。

 

『(普通)~なのに、なんでやらない? 怠けるな!』と批判する前に、そうしたくてもできない事情があるかもしれないと想像する力を一人一人が持つことで、この世はマイノリティだけじゃなく、マジョリティにも住みやすくなるでしょう。マジョリティはある日マイノリティに転じる可能性を孕むマイノリティ予備軍に過ぎないのだから。

 

ではまた。

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ビンボウの神様に助けられる。【ADHD猫p的クロニクル17】

こんにちは、猫pです。




長々と続いてしまいましたクロニクルも、ついに最終回です。

私の過去なんぞに忍耐強くお付き合いくださった皆様、ありがとうございます。





前回のあらすじ。

受験2日目。午後からの面接試験を控えているにもかかわらず、ついつい午前中に街を観光。

道を間違え、途中から試験場と逆方向に向かっていたことが、集合時間5分前に判明!





途中まで必死に走りましたが、

こりゃあ、どう考えても、集合時間には遅刻だ。

しょうがないな、と走るのを断念。

あきらめ早っ。笑

運が良ければなんとかなるだろ、と気持ちを切り替え、歩いて試験場に向かいました。



大幅に遅刻して試験会場に到着。

とりあえず、試験会場に近づいたところから、必死感を演出するため、再び走る。笑



ところが、奇跡が起こりました。

すごく運がいいんですよ、私。



前回の記事で、私は金欠がゆえ、受験料を捻出するのに時間がかかり、出願がギリギリだった話をしました。



おそらく出願の早い順に受験番号が与えられたためか、私の番号は、200人くらい(だったかな?)中、最後から3番目でした。



そうなんです。

面接はすでに開始していて、受験番号の早い順から5人ずつくらい呼ばれて、別室につれていかれる、しばらくすると、次の番号から5人が呼ばれて、また連れていかれるというのを繰り返していたようです。



私が集合会場にたどり着いた時には、すでにほとんどの受験生が連れていかれたあとで、受験生はほとんど残っていなかったのです。





そして、私が到着して実に数分後。



『最後の受験番号、〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇、・・・』と読み上げられ、私は、まるで何事もなかったかのように、『はい』と返事をして、別室に連行されました。



あああああ~、よかった!間に合った!(汗)

ギリギリの出願が私を救った。

ビンボウの神よ、ありがとうございます!



そこで、気持ちを落ち着かせるお薬を飲み、深呼吸。



質問は3つありました。

1つ目は、

『どうして医学部を志望しましたか?』

2つ目は、

『どうして当大学を受験しましたか?』

という、定番中の定番。



『私の本当の医学部志望動機は、話せば長いですよ。近くのバーで朝まで語りましょうか?』



なんてことは言わず、用意してきた無難な回答をさくっと。



3つ目は、時事を意識した問題。

『研究者のねつ造問題について、どう思いますか』と。

まだ、小保方さんのSTAP細胞騒動もなかった頃のことです。

このころは、確か韓国でそのようなねつ造問題が起こっていたようですが、そんなに大きなニュースにもならなかったので、特に対策もしませんでした。



こう答えました。

『ねつ造は、不正です。正しい方法で結果を出すべく努力している研究者が、不正をする研究者に出し抜かれることがないよう、きちんと法に基づいた裁きを受ける必要があります。


ただ、どうして研究者のねつ造が起こるかを考えると、その背景に、研究者が基本的にその働きの割に薄給であり、その給与が成果のみに左右される非情な結果至上主義があります。そして、どんなにすばらしい研究をしていても、ひとたび同じ研究を他の研究者に先に発表されてしまえば、それまでの努力が一瞬にして無に帰してしまう過酷な状況があります。


ねつ造を防ぐには、不正者を裁くだけでなく、研究者の研究結果のみならずそのプロセスをある程度評価し、研究者のおかれた厳しい環境をも改善する必要があります』

こんなに流暢にはしゃべってなかったと思いますが。こんな感じで。

そこでチーンと5分経過のベルが鳴り、面接終了。



それから数日後、自宅にて、郵便局員から封筒を受け取りました。



受験番号がならんでいるその紙を見て、

上から探しても意味がないよな、私の受験番号、最後から3番目だから。

というわけで、一番下から見ると、その一番下の数字が私の受験番号でした。笑



よしよし、自分へのごほうび開始!



私立医大のお坊ちゃんは、医学部合格のごほうびに、親から高級外車を買ってもらったりしますが、

私の自分へのごほうびは・・・





700円の露天風呂つきスーパー銭湯



からの、



プシッと開けて、ぷはーっと飲むやつ。笑





露天風呂から、月の出た夜空を見上げ、

それまでいろいろあったことが、次々と走馬燈のように思い出されました。



はっ!走馬燈回したらだめやん、死んでしまいますがな。



さぁ、明日になったら、再び派遣の仕事入れないとな、

引っ越し代に、医学部の教科書代に、…休んではいられない。

ビンボウはつらいよ。



そして、数日後、親に連絡。

すると、帰ってきた返事が、



『また今度はそんなこと始めたの。どうせすぐあきるんだから、他の人に譲ってあげれば~?』



つれない仕打ち。(涙)

親は、『きまぐれに始めた新しい趣味』くらいにしか思っていなかったようです。





ADHD猫p的クロニクル 完。





次回から、受験生必見(?)

20歳すぎても分数の足し算引き算の方法すらおぼつかなかった田舎の短大国文科卒の猫pが、



いかにして国立医学部に合格する学力をつけたのか、その勉強法に迫ります。



ちゃんと役に立つテクニックと、まったく役に立たずただの読み物として楽しんで頂く、『そんなばかな!?』な勉強法を公開します。



乞うご期待!?

Runner【ADHD猫p的クロニクル16】

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Highway pig by Michael Sowa


こんにちは、猫pです。



皆さんに長々とお付き合い頂いた、猫pの過去を振り返ってみたクロニクル、受験編も残すところ今回を含めてあと2回を予定しております。

あともう少しだけ、お付き合いください。





さて、センター試験を1か月先に控えた12月、相変わらず金銭面はぎりぎりでしたが、その月はバイトを1日も入れませんでした。

といっても、勉強時間捻出のためではありません。



予備校の先生には、『熱を出しても受かる、交通事故にあわない限り受かる』とお墨付きをもらい、学力的にはバイトを多少したところで影響ないレベルではありました。



私が恐れていたのは、風邪でした。

先生は『熱を出しても受かる』と言ってくださったですが、怖いのは、熱よりも、風邪に伴いひどくなる鼻炎でした。

鼻炎持ちの方ならわかって下さると思いますが、鼻炎が悪化して鼻が詰まったときの集中力のひどい低下といったら!鼻が取り外して洗えたら、どんなにいいか!!



こうして、毎日マスクに手洗いうがい、咳をする人を避けまくった甲斐あって、なんとか風邪を引かずにセンター試験を無事終了しました。





その後、あと数日後に出願という時になり、ピンチが訪れます。



ピンチというよりは、自分の計画が甘かっただけというか。





2次試験の受験料が払えない!金欠です!



12月に風邪を引かぬよう、センター試験が終わるまでバイトを入れなかったこと、センターの受験料、センター問題集購入などで、いつもより出費がかさんだのです。

これで家賃が引き落とされると、貯金が底をつき、とても2万近くする受験料が払えません。



すぐに派遣のバイトを数日入れました。



かくして、受験料に相当する金額が手に入ったのは、実に出願締め切り前日!



出願届の封筒を持って、郵便局にダッシュ

郵便局員に、『これ、明日の5時までに着きますか?』と聞くも、

『さぁ~、たぶん着くと思いますけど……』と頼りない返答。

『たぶん』じゃ困るんだよ~!!





後日、無事受験票が届き、ほっとしました。

200人以上だったかな?の出願者の中で、私の受験番号は、下から3番目でした。

私よりギリギリで出願した人が2人もいたんだな、とびっくり。





しかし、ほっとしている場合ではありません。

受験のホテル代、新幹線代のために、少し働かねば。

まったくビンボウはつらいよ。







そんなわけで、やってきました2次試験前日。

新幹線で、再び関西へ。





私がこの関西にある某国立大学を志望校にした理由はいくつかあります。

①面接の配点が少なく、面接時間が5分と少ないこと。

どうして面接を重視しないところを選んだかについては、下の記事をご参照ください。
nkobi1121.hatenablog.com



②年齢の高い受験生に対する差別がないこと。

大学によっては、試験の点数が合格点に達していても、年齢のせいで落とされることがあるようです。

その点、この大学は、過去に50代の合格者を出しています。



③そこそこ都会であること。

私は、子供のころから大人になるまで一貫して、両親から『車の運転はするな』と言われ続けてきました。

実際、自分の集中力のコントロールに自信がないため、ペーパードライバーです。

なので、車が必須の田舎では生きていけません。

ついでに、効率よく授業料や生活費を稼ぐために、教育熱心な都会で家庭教師や塾講師をしようともくろんでいました。



これらの理由に加え、ある時急に、『そうだ、精神医学を学ぶなら、やっぱりこの街でなくては!』と思ったのです。



その街は、ある一人の自死したバイト仲間のゆかりの土地でした。
nkobi1121.hatenablog.com



彼と同じような苦しみを抱えている人を助けることで、彼の無念を少しでも晴らせたら・・・。



もしかしたら、彼に導かれて、この土地を選んだのかもしれません。





受験初日。

その部屋では、着席の合図がよくあるチャイムやサイレンではなく、なぜかカウベルでした。

ガランゴロン、ガラ~ン。

ここは、北海道の牧場か?なんだか和むなぁ。



1時間目は英語です。

ところで皆さんは、試験直前に試験場で何を見ますか?

自作のノート?単語帳?



私は、『のだめカンタービレ』の英語版コミックを持って行って直前まで読んでました。

これ、けっこういいんですよ。



まず、笑える内容なので、緊張せずリラックスできます。

それに、直前に英語マンガを速読することで、そのまま英語脳に切り替わった状態で英語の試験を開始するので、最初からよいスピードと集中力が得られるんです。オススメです。



2時間目は数学だったかな?忘れましたが。

大問5問だったかな?

難なく全問解き終わり、後ろから前に答案を渡します。

その時に、初めて私は周りの人の答案を見てがくぜんとします。





これまで、模試でも特に周りの人の答案などに興味がなく、見たことがなかったので、初めて他人の答案を見たのですが、どの人もみんなびっしりと答案用紙を埋めているのです。人によっては、書ききれずに裏にまで書いている人も!



私は焦りました。

なぜなら私の答案は、どの問題も、ほんの数行で解答を終えているので、3分の2は余白のままだったのです。

『もしかして、問題の意図を読み違えた?5問とも?そんなはずはない…』



しかし、結局、いつもその程度の解答量だったけど、成績は悪くなかったことを思い出して、冷静さを取り戻しました。



よく考えると、私が数学で少ない行数で解答を書き終えるのには、私の独特な数学の勉強方法が影響していたのでした。



私は必要に駆られて、ある変な方法で数学を勉強していたのですが、こんなやり方で数学を勉強していた人間など、世界広しといえど、私しかいないと断言できる方法です。



この受験編が終わったら、私の勉強法について、具体的に書きますが、この数学の勉強の仕方は、危険な方法なので、マネはしないでくださいね。ちゃんと役に立つ勉強方法もあるので、そちらをご参考ください。





さて、なんだかんだと初日はつつがなく終了しました。



翌日は午後から面接です。





ここでついうっかりと油断をしてしまいました。



あろうことか、面接試験が午後からなのをいいことに、午前中にのんきに街を観光などしてしまったのです。



だいたい、受験に受かればいやというほど観光できるのに、思い立ったら先のことなど考えない私。



そして、試験場まで最寄りの地下鉄で行かずに、観光ついでに商店街を通って歩いて行こうと思いつく始末!

私は人一倍ひとより出来ないこと、困った欠点があります。その1つが、方向音痴です。



『確か、この長い商店街をまっすぐ行って、あそこで曲がれば行けたはず』



このように、曲がる箇所が1か所であれば、それを間違える可能性は単純に考えれば50%。



それを、私の場合は、必ず間違えるんです!神にイタズラされた私の三半規管・・・

そして、いつも間違える癖に、肝心な時に、無駄な冒険心を発揮してしまう・・・。



こうして、商店街を抜けた私。



15分くらい歩けば、〇〇ホテルがあって、セブンイレブンがあったはず・・・なのに、ない!



あと5分で面接の集合時間・・・。

そこで見つけたガソリンスタンドのお兄さんに道を尋ねます。

逆方向を指さすお兄さん…



走るー走るー、俺ーたーちー、流れーる汗もそのまーまーに・・・


youtu.be


はたして、間に合うのか!?





次回、感動の?最終回。

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その後のユキ【ADHD猫p的クロニクル15】

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こんにちは、猫pです。



受験編もクライマックスになってきました。

あと少しで終わる予定なので、皆さんもう少しだけお付き合いください。

受験編が終わったら、私の実践した受験勉強法について語ろうと思っています。





ユキとの別れから数か月後、実はユキから電話がありました。



(ユキについては、過去ログの『ADHD猫p的クロニクル』9~13をご参照ください。)
nkobi1121.hatenablog.com
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意外にも、ユキは私のことを恨んでいませんでした。病院に2か月ほど入院して、退院。今は気分もすっかり落ち着いているとのこと。



ユキは、また東京に戻って一緒に暮らしたいといいました。

私は困りました。本人はもう落ち着いたと言っているけど、真偽は定かではない。なにより、せめてこの受験が終わるまでの数か月間だけでも、平穏無事に暮らしたい。



でも、そのことを正直に言おうものなら、また『見捨てられ不安』が発動して自暴自棄な行動に出るかもしれない。



ここは穏便に、傷つけないよう、嘘も方便…と自分に言い聞かせて、ユキにこう返事をしました。



『今、予備校の女子寮に入っているから、一緒に暮らせないの。それから、ちょっと受験疲れでうつっぽくなっているから、しばらくは誰とも会いたくなくて、誰とも連絡を取っていないんだ。』



この『誰とも』というところがポイントで、『あなたと』会いたくないと言わないために、受験勉強のせいにしました。

(実は私、受験勉強自体には特にストレスがないどころか、模試を大人数参加型ゲームのように、完全に楽しんでいたのですが。笑)



ユキは、了解してくれました。



その後は、ユキと連絡を取り合うこともなく、私の携帯電話の番号もすでに違うので、今となっては、どうしているのかはわからないのですが、元気でやっていると願っています。







ユキと別れた日の数か月前から、ユキ母と何回かメールでやり取りをしていました。



ユキ母は、法曹界のだんなさんに嫁ぎ、専業主婦として3人の子育てを任されていました。

ユキ母自身の学歴がだんなさんに及ばないということから、自分の遺伝子のせいで失敗があってはいけないというプレッシャーが常にあったといいます。



ユキは子供の頃、体が弱かったそうです。

それがユキ母にとっては心配で、将来ちゃんとした職業についてもらいたいと必死で、気が付けば勉強のことばかりしか会話をしていなかったそうです。

そのうち思春期になると、ユキも話をしてくれなくなり、ますますどうしてよいかわからなかったとのこと。



私は、特に何もアドバイスめいたことを言ったりはしませんでした。(この頃は、精神科医ではないですからね。)



でも、ユキ母は、ご自分で次のことに気が付いたのです。



ユキによかれと思ってやってきたことは、本当は自分が安心したいためだった。



彼の将来ばかり案じて、彼の『今』についてはなにも見ていなかった。ちゃんと向き合ってこなかった。

きっと、お母さんも辛かったのです。

どんなふうに我が子を愛してよいかわからなかったんでしょうね。お母さんもまた、誰かに聞いてもらえる場所が必要だったのだと思います。





彼の入院中に、1通だけ、ユキ母からメールがきました。ユキの見舞いに、彼の好きなCDを持っていき、彼の好きな音楽を自分でも聴いてみて、音楽の感想を言ってみたりされたとのことです。



息子が嫌がらなかったら、一緒にコンサートに誘ってみようかと思っていると、メールの終わりに書いてありました。





コンサート行ったかな?




(続く)
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4人の子供を東大医学部に入学させた佐藤ママを見て親の教育について考えたこと。


こんにちは、猫pです🐾

これは、10か月ぐらい前に他のサイトで書いた過去記事ですが、できればこの記事を読まれる前に、下の記事にざっと目を通していただけたら大変ありがたいなぁと思います。
nkobi1121.hatenablog.com

受験シーズンたけなわですね!

それに伴い、あちこちから『4人の子供を東大医学部に入学させた佐藤ママ』の教育方針を耳にする機会がありました。



そこで、東大ではないものの、国立大医学部に入学した子を持つ親の中でまちがいなく一番教育不熱心と思われる、私の両親の教育方針(?)と比較させつつ、親の教育について思うところをつらつらと書いてみようと思います。

まず、佐藤ママの教育方針で衝撃を受けたのは、子供に家事をさせないどころか、娘の髪を母親がドライヤーで乾かし、その時間も無駄にせず、娘に勉強をさせるということです。徹底してますね!

それに対し、猫pの家では、1度も『勉強しなさい』と言われたことはありません。

両親は、私の試験の答案も、通知表も見ません。娘の教育については本当に興味がなかったようです。



そのかわり、口を酸っぱくして言われ続けた言葉は、『働かざる者食うべからず』でした。これだけは本当に徹底していたので、分担された家事をさぼると、食事を出してもらえませんでした。うちも違う意味で徹底しています。



次に、佐藤ママの教育で衝撃を受けたのは、『3歳までに絵本の読み聞かせ1万冊』です。

それに対し、猫pの家には本はありませんでした。目にした記憶のあるのは、せいぜい『ヘンゼルとグレーテル』くらいでしょうか。



うちでは、母は割と本が好きで図書館で借りていたようですが、私に読み聞かせをしてくれたという記憶はありません。





猫pの両親は、ワイルドな人たちでした。

昔、『大草原の小さな家』というアメリカの開拓時代の一家の人気TVシリーズがありましたが、昭和の日本にありながら、うちにはそのドラマをほうふつとさせるワイルドさがありました。



といっても、あのドラマの中でワイルドに猛威を振るうのは、厳しい大自然でしたが、うちで猛威を振るうのは、ワイルドな両親でした。



当時、小児喘息を患っていた姉は、その猛威から免れており、被るのはもっぱら私でした。

ある時は、鹿児島の道なき険しい山を登り、山菜を採取する両親の後を追いながら、『見失ったら遭難する!』と何度も思いました。



蛇に遭遇しても、両親は素手で捕まえるなり、『これは毒がないから大丈夫!』といって、ポイっと放り投げるのでした。



ふと、ヘンゼルとグレーテルを思い出し、『もしかしたら、親は口減らしのために、山に私を捨てに来たのかしら…』と想像したものでした。



またある時、『いわくつき』のため買い手のつかない荒れ地をタダ同然で手に入れた両親は、その土地を畑にしようと耕し始めました。



その時、私に課せられた仕事は、『井戸をつくること』でした。

とにかく深い穴を掘れという親の命令のもと、ひたすら穴を掘りまくって、ついには自分の背の高さに相当する深さまで掘ったとき、ふとまたヘンゼルとグレーテルが頭をよぎり、『もしや、井戸というのは嘘で、これは口減らしのため、私は埋められるのではないか!』と想像しました。

しかし、その時、足元からじわじわと水が染み出てくるのを目にしました。井戸をつくるというのは、本当でした。

翌日、学校が終わって畑に行くと、穴に水がたくさん溜まっていました。







さて、その土地がなぜ買い手のつかない『いわく付き』の土地だったのか。





その土地は、私の住む住宅地から少し離れた所にありました。



その土地のすぐそばに、〇〇園という施設がありました。



その園の入所者の方々は、時々奇声を発したり、大きな声で独り言をつぶやいていたりするので、当時まだまだ偏見の強い世間では、彼らは『得体の知れない』存在でした。その頃は、まだ知的障がいも精神障がいも一緒くたになっており、世間では平気で多くの人が、「キ○ガイは○○園に入れられる」と、差別用語を口にしていました。



定期的に、園の入所者が集団で散歩をする日があり、 そのたび、児童は、集団登校を見守るピリピリした保護者から、『園の人には、近づかない、話しかけない、目を合わせない』という注意を受けていました。



そんな事情で、その土地は買い手がつかないままだったようです。



そんなことに意を介さない我が両親は、これ幸いと、その土地をちゃっかりタダ同然の安値で手に入れたのでした。





ある日、いつものように学校が終わって畑に行くと、そこには母の他に見知らぬ人達がいて、母と一緒に農作業をしていました。



なんとなくその雰囲気から、彼らが園の人だろうと察した私は、『園の人には、近づかない、話しかけない、目を合わせない』と言う注意を思い出し、ちょっと不安になりました。



しかし、それよりも気になったのは、母が彼らを働かせている事でした。





母はそれについて次のようなことを言いました。



ある時、母が1人で農作業をしていると、1人の園の人が興味ありげに近づいてじっと見ていたと。

そこで母が、『一緒にやってみる?』と声をかけると、頷くので、手伝ってもらったと。

すると、次から他の園の人も手伝いに来るようになって、助かってる。もちろん、報酬として、収穫したイモやトウモロコシをおすそ分けするとのこと。







『でも、彼らは作物が欲しくて手伝ってくれてるんじゃないよ。彼らは、人の役に立つことが嬉しいんだよ』と母は言います。



そんなこと言って、ていよく人を使ってるんじゃないの〜? と思っていましたが、彼らの楽しそうな表情を見ると、あながち間違ってはないのかもしれません。



うちの両親は、彼らを怖がりもしなければ、『かわいそう』と憐れむこともしませんでした。



いつしか、私も彼らを特別視しないようになり、一緒に芋掘りをしたりとうもろこしを収穫したりしていました。



こうして食卓に上った、茹でたとうもろこしからは、その芯から一緒に茹で上がった芋虫が出てくるワイルドさでした!



『虫がいるのは美味しい野菜の証拠! 文句言うなら食わんでいい!』と言い放つ母。







そんな感じで、私の人生の前半では机上のいわゆる勉強は全くした事がありません。



でも、『どこでも生きていけそう』とよく言われてしまう私のたくましい順応力は、この両親とのワイルドな日々の賜物かもしれません。



もしかしたら、絵本1万冊読み聞かせに相当するような体験だったのかもしれませんね。



これも、親の教育、かな…?







ちなみに、それから随分後に、思うことあり、医学部に合格してから、両親に報告すると、



『今度はそんなこと始めたの〜!どうせすぐ飽きるんだから、他の人に譲ってあげなさいよ』と言われました。



幸い、まだ飽きていないようです。







…どうやら、これが私の原点だったようです。私の人生のストーリーの伏線がこんなに前から張られていたとは、畏れ入る!

では、次回からまたクロニクルに戻ります。残り3回、お付き合い頂ければ幸いです。


ではまた。