猫にそんなこと聞かないで。

発達障害とか精神科医とか猫とか外国とかの話

単純なものの持つ強さ

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以前4回にわたって自己紹介をし、生きづらさを抱えたバリバリの発達障害児が、紆余曲折あって、今では生きづらさがほとんどなくなった中年に至る話を書いた時、島猫さんに、

 

「どうやって生きづらさが解消されたかについて、他の生きづらさを抱えている人たちの為にも深く掘り下げて書いてほしい」

 

といった要望をいただいたのだけど、これが結構難しい。

 

例えば数学が得意になったからといって、数学を教えるのもうまいかというとそれは別問題というのがあって。

 

私は20歳まで算数の通分もできない究極のおばかさんであったわけだけど、医学部行こうと思ってなんだかんだで最終的には受験数学の枠内であればまぁ得意という程度までいったのよ。

 

で、医学部入ってから、医系予備校の講師やら家庭教師やら始めたわけだけど、うちの母に医学部受かったと事後報告したときには、「また今度は変なこと始めたのね〜」と全く驚いてなかったんだけど、「家庭教師する」と話すと、「いやあんたに人を教える事は無理でしょ」と一言バッサリ。

 

あれ?  医学部行くことより家庭教師する方が難しいことなのか? 家庭教師って割とその辺の大学生みんなやってない?

 

と思ったのだけど、ほどなくこの意味がわかる時が来るのである。

 

家庭教師を始めたばかりの時に、中学生だったか高校生だった子に立体図形の解き方を教えていて、

 

「ノートの上のあたり、自分の目の高さ位のところに思い浮かべたこの図形を、ABCとDEFの面が手前に来るようにくるっと回してそれをここの面からまっすぐ切れば切り口の形が…」みたいなことを話していたら、生徒が口をポカーンとしていた。私は不器用で線がまっすぐ引けないので、図形を書かせるとものすごくへたくそなのだが、想像上の図形はその点完璧で、その上角度を変えるも展開するも切るも自由自在なのでよくそうやって解いていたのだが、これはよくよく考えると全く一般向けの解き方ではなかった。普通は図形はノートの上にプカプカと思い浮かべて解くものではなかったようだ。

 

他にも私の解き方は割とオリジナリティがあり、少なくとも数学が苦手な人に伝授するようなやり方ではなかったため、家庭教師や予備校講師をするのに際し、オーソドックスな解き方をひととおりやり直す必要があった。

 

そう、私は数学は解けるが、解に至るまでのルートがしばしば人と異なるのだ。

 

同様に、私は確かに生きづらさを克服したが、そこに至るまでのルートがちょっと独特なため、私の人生史をそのまま見せて、「だからあなたも生き抜いて」と言ってもみんな、私に初めて数学を教わった生徒のように口をポカーンとするしかないだろう。

この特殊な解を一般的に応用可能な解に作り直すには、ちょっと時間が必要だ。

 

私の訳がわからん人生を参考にするよりは、自由ネコさんの下のようなエントリを読む方がよっぽど有用だと思う。

どうして自由ネコさんのエントリがこんなに共感を呼んでいるかというと、自由ネコさん自身の魅力や文章のうまさももちろんだけど、自由ネコさんの生い立ちと、多くのはてなブロガーや読者との間に共通点があることから、「わかりみが深い」ということが大きいのかもしれない。

gattolibero.hatenablog.com

 

はてなでブログをやり出してから、割と多くの生きづらさを訴える人の生い立ちを読む機会があった。そこには多くの人に共通する、ある法則があった。

 

・子供の頃から割と成績が良い(頭が良い)。

・親との関係性があまりよろしくない。

 

ブログをしてる人って文章力ある人多いから、こういう共通点が抽出されるのかもしれない。生きづらさを抱えて大人になってる人に、この2点が揃ってるなぁと思う。

 

この親との関係性があまりよろしくないと言うのはいろいろな場合があるけど、例えばアダルトチルドレンを作る機能不全家族や過剰に干渉する教育ママなどなど、子供が家の中で緊張したり萎縮したりしなきゃいけない状況を指す。

 

私はこれ、2つとも当てはまってない。成績なんて小学校から2や3ばっかりだしね。

両親はとても褒められた立派なものではないけど、超マイペースの母と、「てげてげでよか。(テキトーでいいよ)」が口癖の父のもとで、伸びきったパンツのゴムのように緊張感のかけらもない環境で自由気ままにダラ〜ンと育つ。私にとっては関係性は特に悪くない。

 

私がどんな環境下でもそこそこ幸せに生きていけている理由として思いつくことを、これまでに3点ほど書いた。

 

①私には「世間体」が存在しないこと。

nkobi1121.hatenablog.com

 

②私は我慢をしないということ。

nkobi1121.hatenablog.com


③私は「幸せ」を感じる閾値が低いこと。
nkobi1121.hatenablog.com

 

そして今回、生きづらさを感じる人の生い立ちを見てきてわかった4点目。

 

④私は脳の作りが単純であるということ。

 

「そんなこと言って、医者になってるんだから単純ではないでしょう。」と思った方もおられるだろうが、私はいわば「勉強がちょっとできるようになったゾウリムシ」なのである。

 

ゾウリムシという生物は、刺激に対して正の走性(近づく)と負の走性(逃げる)の2通りの反応しかない。私の頭の神経には今でも基本的にその2通りの回路しかないのだ。

 

ところが、生きづらさを抱えている人たちは、下手に頭が良かった、というか複雑な神経回路を作ってしまったため、常に迷い、悩むようになってしまった。

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RPGに例えると、不都合なシチュエーションが出てきた時、私の場合だと選択肢が、

①戦う。

②逃げる。

③とりあえず、寝る。

 

とせいぜいこの程度しかないが、これが生きづらさを抱える複雑な神経回路を持つ人々になると、この選択肢が、

 

①戦う。

②逃げる。

③我慢する。

④自分を責める。

⑤後悔する。

⑥徹夜をして頑張る。

⑦無理に笑顔を作ってイエスと言う。

⑧酒を煽る。

 

といったように大変複雑になるのだ。高度な神経回路に親との関係性のまずさが合わさると、上の選択肢にいくつか見られるような過剰適応をしてしまうようになる。

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ニューヨークに住んでいた頃、COBYという安物のウォークマンを買ったことがあった。そう、SONY劣化コピー。貧乏だったからね。

COBYは、本家本元のソニーウォークマンに比べると、大きく不格好で機能も少なかった。きっと作りも粗雑にできていてすぐ壊れるんだろうな、そう思っていた。

 

ところがこのCOBY、恐ろしく丈夫だった。私は自転車を走らせつつCOBYを聴いていて、うっかり自転車から落とした事が何度もあった。にもかかわらず、COBYは壊れなかった。結局COBYを何年もの間使うことになった。

その後パナソニックだったか何だったか忘れたが日本製の高機能でスリムなボディのウォークマンに買い換えた。こちらは速攻で壊れた。

結局、単純なものほど壊れにくいのかもしれない。

 

生きづらい人々は、私のようなゾウリムシになってしまえばもっと楽に生きられる気がするのだが、すでに高度に複雑に発達してしまった人の神経回路をどうすれば単純化できるのか、その方法については今後模索していくことにする。

 

ではまた。

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なぜ自殺をしてはいけないか。

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(4630文字・長いのでおヒマのある時にでも…)


あのんさんの次のエントリを拝見した。

aya1624.hatenablog.com

 
「なぜ自殺をしてはいけないか。」これについては、教育者から宗教家、スピリチュアリストまで一家言あると思う。もちろん精神科医としてもあるにはある。


*今回この問いについては、尊厳死の適用規定を満たす人については除外して考える。尊厳死安楽死については、下の記事で触れている。

nkobi1121.hatenablog.com

 

 

精神科医としての回答は次のようになる。

「自殺をしたい」と言う気持ちになるのは、多くの場合「抑うつ症状」と言う病的な状態であって、これは治療が可能であるから治療をすべきだ。


確かにこれは正論なんだけど、あまり心に響かないんだよね。しかも実際に自殺をした人で精神科治療中だった人はたくさんいる。結局残念なことに、今の精神科治療は万全とは言えない。もちろんそれでも治療する必要がある事は言うまでもないのだけど。


1番多い回答は、次のようなことだろう。


あなたが自殺をすれば、あなたの身近な人が悲しむ。


これはほんとにそう。

私たちは生きている限り必ずと言っていいほど、誰かに先立たれてしまう。それはかなり辛いことなんだけど、日にち薬と言って、時の流れが悲しみを少しずつ癒してくれる。

ところが自殺の場合、残された人々に日にち薬はなかなか効かない。その悲しみは想像を絶する。いつまでも「あの時気づいてあげていれば…」という後悔と自責の念にさいなまれ、心を病む人も多い。何年何十年たっても、おいしいものを食べたりして自分を楽しませることにすら罪悪感を抱いてしまう遺族もいる。


でも中には、毒親に育てられ、心を許せる友達もいなくて、自分が死んだところで誰も気にもとめないと言う人もいるだろう。こういう人に「あなたが死ねば、あなたの身近な人が悲しむ」と言ったところで何も響かない。


こういう人なら自殺を選んでも良いのだろうか。本人が生きるの辛いなら自殺してもいいんじゃないだろうか、と言う記事はわりと多く散見される。


確かに、生きるのが辛い人に生きることを強要するほどの、「なぜ自殺しちゃいけないか」という究極の理由は私にもわからない。そして、この手の事は多くの人が持論を展開している割にあまり心に響かない。それは一般論に終始してるからだと思う。

 


「なぜ自殺をしてはいけないか」

この問いを発する人は、迷っている人なんだと思う。自殺を迷わない人は、たとえ精神科病棟の隔離室に入れられ、体を傷つける危険性のあるあらゆるものを取り上げたとしても、布団のシーツや自分の着ているものを破ってひも状にしてでも完遂しようとする。


つまりこの問いを発する人は、「死にたい」と言うよりは「死ぬほど辛いこの状態から解放されたい」でも、死ぬのは怖い。自分が死を選ばないように、納得できる「答え」が欲しい。こういうことなのではないか。


私自身、今はまだ、その「答え」や「人生の意味」については探し中なので、かわりに私が自殺をして欲しくない理由を述べる。

 


私が自殺をして欲しくない理由は、「もったいない」からである。


私はもったいないお化けに育てられたので、あらゆる物質がそのものを最大限に生かすことなく捨てられてしまうことが辛くてたまらない。これが私の断捨離を難しくする一因なのだが。


ご飯は極力残さない。野菜も魚も丸ごと食べる。象牙を取るなら象の肉も食べろ! と腹を立てる。

私は私自身を最大限に活かしきってから死にたい。


私から見れば自殺する人は、魚の苦味のあるところを食べただけで、うまみのあるところに気づかず捨ててしまうように見えてしまうのだ。


例えば、「本人が辛いなら死を選んでも良いのでは」と思う方もちょっと一緒に考えてみてほしい。


ある女子高生が大失恋をして、死のうとしている。こういうシチュエーションはどうだろうか?


ここのブログを読んでくださっている方は皆さんわりと酸いも甘いも噛み分けたお年頃でいらっしゃるので、この「恋」という現象についてもある程度悟っておられることだと思う。

恋なんてものは往々にして、その時は「この人しかいない!」としか思えなくても、時が経てば「そんなふうに思ったこともあったかなぁ…」というものである。


はたから見れば、これで自殺をするのはあまりにもったいないと思うだろう。でも、当の本人からしてみれば、本当にその時は死ぬほど辛かったりするのだ。


この女子高生の場合だと、未熟な年齢の恋愛ということで、まだ未来に明るい希望を見いだせるため、「本人が辛いのなら死を選んでも良いのでは」とは思わない人も多いだろう。もちろん、人の幸不幸は往々にしてそんなに単純なものばかりではない。

人は、はたからみて「不幸」そうな状況の人を見て、「私がああなったら自殺するわ」と思ったり、逆に富も知性も美貌も何でも持ち合わせている人を羨んだりする傾向にある。相模原障害者施設殺傷事件の犯人が知的障害者たちについて、「彼らは不幸なのだから、死んだ方が彼らにとっても良いはず」といった発言をしていたが、「知的障害者は不幸」と思っている人も多いのではないかと思う。

 

でも実は、その人が幸福かどうかということを外から一律に測る物差しは存在しない。

 

 

 

私がまだ精神科医1年目の頃だったか、大学病院に勤務していた頃、自殺に失敗したうつ病の患者さんを担当することがあった。

 

外科手術を終えて精神科閉鎖病棟に転棟となった彼女は、片足と手の指を2本失っていた。

自殺をするほどの絶望に加え、体も一部欠損してしまった彼女。状況は明らかに自殺を図る前より悪くなっている。

 

にもかかわらず、彼女は入院後2ヶ月ほどたつと、よく笑うようになった。

彼女とはしばらく他愛ないおしゃべりをしたり散歩をしたりスケッチブックで文字を書くリハビリをしたり一緒にピアノを弾いてみたりといったことをしていたが、自殺についての事はなかなか聞けずにいた。


ある日彼女は自ら、「その日」のことを話してくれた。そして、「私がこのことを話せるようになったのは、これが私にとってただの過去になったと言う事なんだ。」と笑顔で言った。

 

彼女と最後に会った日(彼女の家は遠かったため、彼女は他の病院に通うことになった)、彼女は私に、薬指にはめた大きなグリーンの玉の入った指輪を見せてくれた。

「これ、おばあちゃんの形見なの。おばあちゃん百歳で死んだんだ。私もおばあちゃんのように百歳まで生きるよ。」そういった彼女の顔は、何かが吹っ切れたみたいな笑顔だった。

 

状況だけで見ると、彼女がどうしてそんな心境になったのかわからない。うつ病の薬が効いたのかもしれないけど、そこまで劇的に効くとも思えないし。

もしかしたら、彼女は幸せの世間的な尺度を捨てて、自らの尺度を手に入れたのかもしれない。

 

ところで私は、発達障害(今はグレーゾーンかな…)にもかかわらず意外と幸せである。これは私が医者であるというスペックとは特に関係がない。なんなら今から4畳半の生活に戻っても幸せに暮らせる自信はある。猫にはちょっと窮屈だけど。

 

思うに私は「幸せと感じる閾値が低いのだ。朝起きて猫が横にいたら幸せと感じ、納豆ご飯を食べておいしいと思い、食後のコーヒーを飲んで幸せと感じ、空を見上げても道端の花を見ても、きれいだ幸せだと感じる。

この、私が「幸せ」と感じている事柄は、あまりお金がかかっていないし、他人が絡んでいない。つまり状況依存的な「幸せ」でないということだ。

 

 

子供の頃、母と川べりの道を散歩していて、母が私に、「何の花が1番好き?」と尋ねた。私が「ミゾソバ」と答えると、普段めったに褒めることがない母が喜び、私を褒めた。

「もし薔薇をもらわないと満足できなかったら、お金持ちにならない限り不幸だけど、ミゾソバが好きだったら、どんな人生でも幸せになれる。」

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母は、当時バリバリの発達障害で社会不適合は確実だろうと思われた私がこの先貧乏でも幸せに生きられるように、貧乏ならではの楽しみ方を教えてくれたのだと思う。おかげでなかなか貧乏性が抜けないが、これで良いのだ。

 


逆に例えば、お金やパートナーのスペックに頼った状況依存的な幸せ」は砂の上に城を建てるようなものだ。

人は突然災難に見舞われ財産を失うこともあるし、もちろん自慢のパートナーとだって別れることもある。

SNS上で、飛行機のファーストクラスに乗ったとか高級ホテルに泊まったとか載せている人を見ると、私は羨むどころか憐れむ気持ちになる。(叶姉妹は例外。彼女たちはそういうイメージもお仕事のうちだから。)

私には、ファーストクラスに乗ったと自慢する「ハイクラスな人たち」よりも、「きれいなお花見つけたよ〜」と屈託のない笑顔で笑う知的障害の人の方が幸せそうに見える。

 

「死にたい」と訴える人の中には、明らかなブラック企業によるオーバーワークやDVの夫がいるなど、思い切ってその環境から逃れることで解決する場合も多々ある。本人は「死ぬしかない」と視野狭窄に陥っているため、周りが適切な支援をする必要があるが、これは環境を変えることでだいたいは何とかなる。

 

そうでなく、環境的には特に問題なさそうなのに生きづらさを感じてしまう人の中には、いつも他人と自分を比べてしまったり、「なにものにもなれない」自分に対して落ち込んでしまったり、そういう人も多いと思う。幸せを感じる閾値が高いのかも知れない。

 

私は以前喘息がひどかった時、幸せを感じる閾値が1番低かった。何せ、普通に呼吸ができただけで「今日は呼吸がしやすい。幸せ〜」と思えたくらいだから。

 

結局、私が今「死にたい」と思っている人に対して死ぬのはもったいないと思ってしまうのは、その人が適切な治療を受け、①誰かに自分の話を十分に傾聴してもらうことと、②その人の幸せの閾値を下げることで、何とかなる場合が多々あるからだ。

今現在死にたいほど辛い人には信じられないかもしれないが、過去に自殺をしようとした人たちで今は幸せに過ごしている人たちも実際それなりにたくさんいるのだ。

 

とはいえ、幸せの閾値が高い人がそれを下げるのは簡単ではない。ある程度の訓練が必要だ。

 

具体的には、ポリアンナの「よかった探し」を毎日やる。幸せの閾値が高い人は、言い換えれば幸せの感受性が低いため、自分から積極的にこれを探していく必要がある。これにより感受性を高めていくことができる。

 

例えば普段、眼鏡をかけている人を意識して探す事はないだろうが、「眼鏡をかけている人を探そう」と思うと、意識がメガネの人にフォーカスされて意外とたくさん見つかると思う。これと同様に、自分がうれしいと感じる小さな出来事を毎日探し、それを手帳などに書き込んでおくのだ。

 

あほらしいと感じる人もいるだろうが、自殺に失敗した彼女は、毎日「よかった探し」をしていた。それが奏功したのか知らないが、「人の優しさに敏感になった。自分が勝手に孤独だと思ってるだけだった。今は、咲いてる花を見るだけで、なんだか嬉しくて、感謝の気持ちが溢れてくる。」とまで言うようになった。

 

星や空や花などの自然を見つめていると、「なにものでもない自分」も、他人からどう思われるかなんかも、ほんとにちっぽけでどうでもよくなる気がするんだけど、そんなことないかな?

 

良い天気で鳥が鳴いてて気持ちいい風が吹いてる、みたいなほんの小さなありふれた出来事を幸せと感じることができる人が1番の幸せものだと思う。それを考えれば、容姿も経済力も関係なく、誰だって幸せになれる可能性があるということだ。自己破産をしたって、パートナーがいなかったって。

 

ではまた。

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結婚観について語ってみる。

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気がつけば我がブログも塵も積もればなんとやら、200回を超えた。そこで以前から考えていたことだけど「こんにちは、猫pです。」の挨拶をもうやめることにした。
というのも、このブログ、途中からだんだん「ですます調」より「である調」で書くほうがしっくりくるようになってきて、そうなると最初に「猫pです。」と挨拶しておいて、「である調」にするのもなぁ…という葛藤がありまして。←こんな具合に時折「ですます調」が混じったり、うっかり忘れて挨拶から始めることもあるかもしれないけど、まぁそういうことだからよろしく。


さて、ちょっと前にふくさんに「ところで猫pさん、結婚は?」というコメントをいただいたので、今日はちょっと自分の頭の中を整理する意味でも結婚について考えてみようと思う。


結婚観というものはどのように醸成されるのだろうか。子供の頃に女の子はディズニーのアニメや童話等で、お姫様が王子様に選ばれて幸せに暮らしてめでたしめでたしというストーリーを刷り込まれるのかもしれない。
家にはそういった童話が1冊もなかった。お姫様ものに共感を抱いた事は1度もない。むしろ冒険ものが好きだった。小学校3年生の時に読書感想文に選んだ本は「この船地獄行き」だった。


子供の頃は普通に恋もしていたけど、結婚となると昔から良い印象は持っていなかった。両親は鹿児島の出身で、父の実家に盆や正月に行くと、男たちはさっさと宴の席につくなり酒盛りを始め、女たちは席につくことなく次から次へと食事の支度に追われていた。男たちが「男」であるというだけで偉そうに威張り散らした鹿児島の男尊女卑。そこには結婚への憧れを喚起するものは何もなかった。


いつも不思議なのが、3組に1組が離婚するという日本において、結婚=幸せという図式を無邪気に描ける人が多いことだ。3組に1組が離婚しているが、女性の方にもし経済力があればこれは2組に1組の割合以上になるだろう。こんな究極のギャンブルなのに、どうして結婚すれば幸せになれると信じられるのか不思議でたまらない。


子供の頃、夜に母が1人でテレビを見ていた。「何を見てるの?」と聞くと母は「怖い映画」と言う。
「幽霊の映画?」と聞くと、母は笑って言った。
「本当に怖いのは幽霊じゃなく、人間だよ」
母がその時見ていたのは、ヒッチコックだった。


私たちはいわゆる普通の日本人をすぐ信用する。きちんとした勤め人だったらなおさらだ。
私の知っているある男性医師は、真面目で物腰柔らかく、困ったことがあると親切にアドバイスをくれるような医師で、「いい人」と言う印象だ。その彼が付き合っている看護師に暴力をふるい二股をかけ中絶を何度もさせていた。
このように外面だけは良い人間は男性も女性もごまんといる。ちょっと職場で話をするくらいではなかなかわからない。感じの良い人に見えてしまう。だから人間は恐ろしい。


しかしたとえ本当に「性格がいい人」なら結婚して大丈夫かというとそういうことでもない。相性というものはなかなか複雑で、家の空調の温度からインテリアの好み、早寝か遅寝かなどの生活パターン、お金の使い方、アウトドアかインドアかなどなど、いくら相手が性格が良くて、その都度譲り合うとしても、合わなすぎたらしんどい。私は我慢が嫌いな人間なので、結婚ができる人は大人だなと敬服する。


それで私が結婚願望がないかと言うと、年に数日は結婚したいなと思う日もある。インフルエンザで寝込んだり、数日留守をして猫の世話係を人に頼む時などだ。


でも正直なところ、自分で稼げて、寂しがりやでもなく、世間体も気にならない、そんな人間にとって結婚はさほど魅力がないのであった。まぁ日本では私の年齢の女性は戦力外通告らしいので、結婚についていまさら考える必要もないのだけど。


ただ、もしこの先万一にも結婚を意識するような人ができたとすれば、週末婚かフランス式ならいいなと思う。


結婚以前に付き合う段階も、改めて考えると日本の告白文化って不思議。全く話したことのない女の子がいきなりバレンタインデーにチョコ持ってきて「好きです、付き合ってください」と言って彼氏彼女になるのって、無理がないかな。欧米ではデート文化というのがあって、ちょっと気になっている段階でどんどんデートに誘ってお互いを知る。でもその期間はお試し期間であるから、他の人ともデートしてもいい。それでお互いが良いなと言うことになれば、呼び方が変わったりして彼氏彼女の関係に移行する。そうなると同棲が始まる。
ある程度落ち着いてきたら、フランスの場合はまずPACS(民事連帯契約)を申請する。このパックスは便利で、婚姻とほぼ同等の法的権利が得られ、離婚の手続きの煩雑さもないから、フランスでは今は結婚よりもパックスの方が主流になりつつある。
子供が生まれ、何十年も生活を共にした後に改めてパックスから結婚に移行するカップルもいる。


私はこのフランスの恋愛観、結婚観の方が好みだ。例えてみると、家電製品を買うときに日本ではその場で買わねばならないが、フランスではしばらく使い心地を試してから買うかどうか決めることができるみたいな違いだといえる。
日本だと婚活に命をかけている女性が、ちょっとスペックの良い男と付き合っている間はかいがいしく家事をしたり、本音も言わず無理して尽くしたりして、いざ結婚をしてしまうと、年収の高さで選んだ夫は育児に全く協力をしない。幻滅した妻は尽くすのをやめ、化粧を止め太りだす。そして男は浮気をする。これってまるで大学受験がゴールで受かってしまえば勉強一切しない日本の教育システムと同じだと思う。結婚がゴールになってしまうとそういう悲劇が起こる。そして女性は夫に不満を抱いても、経済力がないと離婚ができない。そうなると「だんなデスノート」のように旦那を殺したいほど憎むようになる。フランスでは「だんなデスノート」のような現象は見られない。お互い我慢せず、すぐ別れるからだ。

だんなデス・ノート ~夫の「死」を願う妻たちの叫び~

だんなデス・ノート ~夫の「死」を願う妻たちの叫び~

 

 


こんなふうに、いざとなったら簡単に別れることが出来るようなゆるい結びつきの方が、良い意味での緊張感が続くのではないかと思う。親しき仲にも礼儀ありという感じのね。


そんな私の考えに賛同してくれる男性がいましたら、フランス式でデートしましょう。笑

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せっちゃんのこと

私の母は、ちょっと変わっている。
そんな母のことを、小学校の頃の友人たちは親しみを込めて「せっちゃん」と呼んでいた。


せっちゃんは、料理が激マズであった。
比較対象がなかった幼いころは、食事とはすなわち苦行を意味するものだと思っていた。
せっちゃんが出かけている間に父が作るカップラーメンに喝采の声が上がるのもむりもなかった。
せっちゃんは、4人用のカレーを作るのに、バーモントカレーのルーをケチって1ブロックしか使わないので、カレーはしゃばしゃばで下のご飯が透けていた。「本場のインドカレーは、こういうスープみたいにうすいの!」と言い張る割にはスパイス一つ使っていないのだった。
そんなせっちゃんでも、卵焼きだけはおいしかった。私は褒めちぎった。
ある日、学校の遠足か何かで、お弁当を持参する日があった。
弁当のふたを開けてみると、そこには、一面にぎっしりと卵焼きだけが入っていた。


せっちゃんは、教育不熱心だった。テストの答案も通知表も見ない。
三者面談もたいてい行かない。
そんなせっちゃんが、ある日授業参観日に現れた。
その授業は体育で、外で行われた。
保護者が集まっている一群の中に、せっちゃんの姿もあった。
しかし、何かがおかしい。
友人たちは言った。「せっちゃん、なんだか輝いてない?」
そう、せっちゃんはどういうわけか一人、輝いていた。
正確に言うと、せっちゃんの口元から眩しい光が我々の目を刺さんばかりに輝いていたのだ。
せっちゃんは、前歯に銀歯を入れていた。そして、ニッと笑った時に現れた銀歯が反射鏡となり、太陽光がこれに当たって屈折し、反射光が向かった先にたまたま我々がいたのだろう。それは絶妙な角度だった。


中学の頃だったか、担任の先生が、「今日こそお母さんに日頃の授業態度を聞かせて説教してもらう」みたいなことを言っていた。しかし悲しいかな、担任はせっちゃんがいかに常識から外れた母親かということを知らなかった。
めずらしく暇だったのか、せっちゃんは三者面談に現れた。ところが、担任が口を開くより先に、「先生ちょっと聞いてくださいよ!」と、私が昆虫やら魚やらネコやら拾ってくるばかりで世話を親任せにしていることを愚痴りだし、とうとう時間いっぱいまで先生に口を挟ませず、動物の話だけして満足そうに帰っていった。


卒業文集を見た小学校時代の友人が「せっちゃんと親子だよなぁ」と言ったことがある。小学校の卒業文集に私は、「豚小屋の思い出」という話を書いた。これは、次のような思い出であった。
小学5年か6年の時、学校が終わると、友人の家のそばにある豚小屋に友人3人くらいで、よく豚を見にいっていた。そこにはちょっとまぬけそうな顔の野良犬がうろついていた。犬はよく豚小屋の檻に入った豚のところに行ってなにやら豚とアイコンタクトをしているようだった。
ある日、豚小屋の管理のおじさんが豚小屋からちょっと離れたタイミングでなんとこの犬、体重をかけて、この檻のカギを外したのだった。檻から次々と出ていく豚たち。それを見つけたおじさんが、「豚を、豚をつかまえてくれぇ!」と叫び、私たちは「わーい!」と豚を追いかけ、ちょっとした大騒ぎになった。
先生はそれを読んで、「いや、卒業文集だから、もっと修学旅行とか、学習発表会とか、学校活動の中で印象に残ったことを…」と言ったが、そういった学校活動については何も記憶していなかったので、そのままその話が掲載されることになった。
一方で、保護者の方も卒業文集を書かされていた。たいていの親が「小さかった我が子が、おおきな鞄を背中に、不安そうにこの校門をくぐってからはや6年…」みたいなことを書いていたが、せっちゃんの文章の書きだしは、「はじめは金魚だった。」ここからはじまり、金魚→鈴虫→ひよこ→亀→猫と、家のペット遍歴がひたすら書き綴られていた。途中、鈴虫についてはオスとメスの見分け方まで書いてあった。私の卒業文集なのに、私のことが何一つ書いてなかった。趣旨がわかっていたのだろうか…。


そんなせっちゃんではあったが、文才があったのか、よくラジオにリクエストはがきを書いては採用され、はがきを読まれていた。私が小学校の頃は家でクラシックばかりかけていたが、飽きたのか、私が中学の頃は、チェッカーズ爆風スランプ聖飢魔Ⅱなどをリクエストしていた。ある日は「ラジオ局から電話が来る」というので、その番組を聞きながらかたずをのんで「その時」が来るのを待った。果たして電話が鳴り、すぐそばで電話で話しているせっちゃんの声が同時にラジオからも聞こえるという楽しい体験をした。


そんなふうに、せっちゃんは子供の教育よりも自分の楽しみを追求しているようなところがあったが、私にはそこがよかった。しかしそれは、干渉を嫌う私だからよかったのであって、もっと母親にかまってほしいような子供だったら寂しい思いをしたかもしれない。結局のところ、親子は相性もあると思う。

しかし意外にもちゃんと見ていないようで、せっちゃんは二人の全くタイプの違う娘をよく見ていると思うこともあった。せっちゃんは、姉を指して「あんたはバランス型」、私を指して「あんたは一点集中型」と言った。確かに、姉はドラマを見ながら編み物をしながら母とおしゃべりをするといったマルチタスクが得意であった。比較的女性の方がそういうことが得意なように思う。家事やウエイトレス、看護師の仕事などはこれに当たる。一方で私は母と並んで皿洗いをしながらおしゃべりをしようとすると手が止まるという完全なモノタスク型だった。こういったことを知らないまま職業を選んで大変なことになっている人もいると思う。どっちに属するか知っておくことは大切だ。当時勉強ができなかった私が、大人になってから医学部に入った時に全く驚きもしなかったのは、せっちゃんがそのことを知っていたからだろう。一点集中型は独学に強い。しかしまったく親というのは恐れ入る。


せっちゃんは今もマイペースに生きている。
母親としては何かとダメなところもある人だけど、せっちゃんが自分の母でよかったと思う。


ではまた。

今週のお題「母の日」

ゴミ拾いに関して思い出すことなど。

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こんにちは、猫pです。
今日は、次のゴミ拾いに関するねねさんのエントリを読み、ゴミに関して思い出すことなどをただつらつらと書きます。

nenesan0102.hatenablog.com

このねねさんのごみ拾いに対する行動には頭が下がる。誰がなんだかんだ意見を言っても、やっぱり実際に行動している人にはかなわない。

私自身はゴミを道に捨てるようなことはしないが、自分の鞄の中をしばしばカオスにする。先週、私の鞄の中は悲劇的だった。勤務先の病院で出る食事のごはんの量が多いので、いつも残した分をラップにくるんでビニール袋に入れて持ち帰り、家の食事の足しにするのだけど、その日はビニール袋がなかったのでラップにくるんだだけのご飯を鞄にそのまま入れていた。私の鞄の中は本やパソコンやkindleや電子辞書やなんやかんやでパンパンになっている。そこに入ったラップご飯は鞄の底の方でもみくちゃにされて、ラップからはみ出たごはんつぶがあらゆるものにこびり付いて、Oh, chaos… 結局、学校の机の中に入れたのを忘れてパンをカビさせていた小学校時代から実はあまり変わっていないのである。

話がそれた。私のカオスはどうでもよくて。そう、私は自分のプライベートスペースはよくカオスにするが、公共では割とちゃんとしている。ねねさんほどのことはしていないが、駅や歩道橋の階段の途中で見つけた空き缶は拾ってごみ箱に捨てる。誰かが転ぶかもしれないからだ。

電車の中でたまたま自分の目の前の人が、飲んでいた缶を電車内に置いて電車を出ようとしたのを見つけると、「これ、忘れてましたよ。」とにっこり笑って相手の前に差し出す、心の中で「オマエがごみを捨てる手間を惜しむせいでこの缶が転がってこっちの靴が汚れたりするとかいう最低限の想像力もないんか、社会のゴミめ!」と罵りながら。相手は「はぁ~?」と言ったり、無言で缶をひったくって走りだしたりといろいろだ。逆恨みされて殺されないように、いざというときは全力で逃げることも想定しつつやっている。急にパンチやキックを繰り出す患者さん達に接しているため、そのへんの敏捷性は人よりある。

あと、ゴミじゃないけど、閉じた傘を振りながら歩いていたり、傘の先を突き出したまま座っていたりする人には、そしらぬふりして近づき、傘の先に自分の体を当てて、「痛た!」と声を出したりする。心の中で「オマエの傘の先で子供が目を突いたらどうすんねんダアホ!」と罵りながら。さらに、自転車置き場等に止めてある人の自転車のかごにアホがゴミを入れる現場に居合わせたら、「あ、それ私の自転車なんですけど!」と嘘八百言ったりする。ああいう手合いは、自分がごみを捨てる最初の一人にはなりたくないけど、誰かがごみを捨てていたら途端に、「みんなやってるから」とか思ってやるんだよな。

私が上のようなちょっとリスキーなことをするのは、別に正義感からではない。単純にああいう人たちが嫌いなので、その場で自分の留飲を下げたいだけだ。でもおススメできる行動ではないね。世の中狂ったやからが多いから。



ふと思い出したが、私の直近の恋愛事情もごみ絡みだった。直近と言っても1年前に終わったけど。それは、フランスはマルセイユでのこと。私はとある30代のフランス人男性と海辺でデートしていた。
焼きたてのピッツァマルゲリータとコーラを持って、浜辺に座って海を見ながらおしゃべりし、ピザを食べた。食べ終わり、彼が「ごみを捨ててくる」と、ゴミをもって、ゴミ箱に向かう後姿を私は見ていた。そして、彼がごみ箱に私たちの食べたごみを捨てる時に、たまたま近くにポイ捨てされていた空き缶もさりげなく拾ってごみ箱に捨てるのを見た瞬間に、陥落した。ゴミと共にスコンとみごとに恋に落ちた。いろいろあって別れたけど。

私はなかなか人に簡単に恋しない。好きになるの4,5年に一度くらいかな? 別に理想が高いわけではない。正直、容姿とかスペックとか別にどうでもいい。もともと全く寂しがりやでないため、恋愛の必然性を感じない。
今回振り返って考えると、あれだ。フランス人って、ゴミを簡単にそこらに捨てる人が多い。犬の糞もそのままだし。そういう環境にありながら、ちゃんとゴミをゴミ箱に捨て、他人のゴミもさりげなく捨てるというところがキモだったんだな。

「キモだった」のであって「キモかった」のではない。

時々、フランス人男性の人気の理由に、「レディファーストだから」ってのがあるけど、そこは別に惹かれない。だって、小学生の男の子だって、戸を開けて「お先にどうぞ、マダム」と言えちゃう環境にいるんだから、あの国では当たり前のこと。


それでわかった自分の好き嫌いの傾向。
要は、

① 他の人がしなくても、好ましいことをする。(例:フランス人のゴミ拾い)←良し!好き!

② 他の人もしている環境下で、好ましいことをする。(例:フランス人のレディファースト、日本人が財布を交番に届けること)←よろし。まぁまぁ。

③ 他の人がしなくても、悪いことをする。(例:シンガポールでゴミをポイ捨てする。)←わろし。ある意味勇気あるアホ。

④ 他の人がしているから、悪いことをする。(例:赤信号、みんなで渡れば怖くない)←悪し。オマエには「自分」というものがないんか!?


結論:
ごみちゃんはかわいい。
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ではまた。

元不登校児が、10才不登校児youtuberの件で考えること。

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こんにちは、猫pです。

まけもけさんやももはなさん、こなゆきさんなど多くの人が、10才の不登校児YouTuberについて言及しているのを見て、遅ればせながら、もと不登校児の私としてもいっちょかみしておこうと思います。

 

www.gw2.biz

however-down.hatenablog.com

 

www.konayuki358.com

知らない方のためにちょっと書いておくと、この10歳の少年、ある日宿題をして来なかったら先生に昼休憩や放課後にしなさいと言われ、したくなかったからそのまま帰って、その後は学校に行きたいときには行くという不登校のようなスタイルになったとのこと。先生の言いなりになっているように見える他の子たちを「ロボットみたい」と思い、「自分はロボットにはなりたくない」と言って、YouTubeで「もっと自由に生きよう」と呼びかけている姿が賛否両論を呼んでいるそうだ。

 

 

確かに、死を選ぶくらいなら学校なんか行く必要は全くない。でもこの子の場合は、コンテンツを見るにつけても、親が裏で糸引いてるなぁという匂いがプンプンしていた。なので親について調べてみると、案の定というか、元暴走族の副総長からの、心理カウンセラーだそうで。

 

あら、なんだかデジャヴ?

 

ちょっと前に経歴詐称がバレた意識高い系の人いましたね。その人の経歴をおさらいしておきましょう。

元不良グループのリーダーからの、東大卒。笑

 

私がはてなに来る前に違うところでブログ書いてた時、私のことを承認欲求の塊とか言って、ものすごく粘着質に絡んできた、とあるブロガーさんも、経歴が、元暴走族総長からの心理カウンセラーだった。

 

なんなの、この経歴のパターンって、流行り?まぁ私の経歴もはちゃめちゃだから、他人の経歴が派手であっても別に何でもかんでも嘘とは思わないけど、それにしてもまぁ割と多くの男性が、「昔やんちゃしたんだよな」とか言いたがるね。大抵たいしたことないんだけど。笑

 

このお父ちゃんも、バイク盗んでどうこうとか、校内で堂々とタバコ吸いながら歩いてたとか、なんだか小さいんだよね…

 

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この情報商材丸出し感の、色を多用して強調し「ラクラク」「無理だよとみんな笑いました」…英語教材とかダイエットとかでよく見るけど、すごいテンプレ感。笑

 

この父親の広告塔であることに彼はいつ気づくのだろうか。今は、歳の若さと目新しさで注目が集まるからいいけど、人はすぐ飽きる。そこからが本当の勝負であって、その時に彼は「自由」という言葉の持つ本当の意味を知ることになるんだろうな。

 

自由と孤独、不安定はセットで付いてくる。それでも自由を選ぶか。親は「自由」の持つ本当の意味を教えているのか。孤独や不安定がセットになっていても、それでも自由を選ぶと言う人間はほんの一握りだと思う。まぁ私は、そのほんの一握りの方なんだけど。笑

私にとって自由というのは、吸える酸素のようなものであり、これを取り上げられたら窒息死してしまうようなものだ。その点、学校の教室の酸素の薄さといったらもう。

 

 

 小学校の頃私は、同級生や先生からいじめを受けたが、実はそれについてはそこまで辛いと思ったわけではなかった。異端児の自覚はそれなりにあったため、そういう目に合うものもしょうがないかなとなんとなく受け入れてた。

 

実際に学校にあまりいかなくなったのは中学校や高校で、その頃いじめがあったわけでは無いけど、なんとなく辛かったのは、自分という存在の「違和感」。

 

当時は発達障害という言葉もなかったし、今のようにネットで同じような人を見つけるようなこともできなかった。

なぜ自分だけが、授業に3分も集中することができないのか、なぜ自分だけがみんなが笑っていることに対して理解できないのか、こんなにイスに座ってるのは苦痛なのに、なぜ他の人は苦痛そうじゃないのか…

友達はいるけど、これは言えない。言ったところで理解されないだろう。

 

朝「行ってきます」と玄関を出て、そこからこっそりベランダによじ上り二階の窓から部屋に入り、親が出かけるのを息を殺してじっと待つ。

午前中は、テレビを見て過ごし、午後から数時間ピアノを弾きまくって生活をしていた。ピアノは当時の私にとって、心の支えだった。今のピアノの弾き方には、その頃の私の鬱屈された何かが反映されてると思う。

 

親にはたぶんばれていた。でも親は何も言わなかった。ただ一言、「卒業はしたほうがいい」と言われたのを、「卒業できる出席日数は最低限確保するように」と意訳して、卒業できるギリギリの程度で不登校をしていた。

 

もしあの頃「絶対に学校に行け」と言われていたら、自分はどうなっていたかわからない。世の中には「宿題をしたくない」というレベルでなく、切実に学校に行けない類の子供たちがいるのだ。

 

今、私はそこそこ幸せだ。今勤めている病院ともう一つの病院。どちらの病院とも個室を使わせてもらっている。普通は病院勤務の医者は、病棟や外来にいる時以外は、同僚と机を並べた医局にいるものだけど、幸いどちらの病院も私の希望を尊重してくれている。

 

私は、自分の自由をつかむために、我慢は一切しなかったけど工夫と努力はしてきた。

 

「宿題をしたくない」がきっかけであれなんであれ、不登校という名のモラトリアム期間自体はある程度あってもよいと私は思う。人生は疑問を持っても進め進めと後ろから背中を押され続ける。本当に疑問を持って、ちょっと立ち止まって考えたいのならそれもありかな。その期間に嫌と言うほど自分と向き合って、その後どうするかは、父親の意見によらず自分で決めて欲しい。父親付きの革命家なんて格好悪いからね。

 

ではまた。

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続・愛は心の仕事です。


こんにちは、猫pです。
昨日は、私と平成を共に過ごした相棒である壊れた電子ピアノの卒業式に、思いのほか多くの方にご参加いただき、本当にありがとうございました。

事前に、この演奏は、
・ピアノをろくに習わなかった素人が
・鍵盤がいくつも逝かれた古い安物電子ピアノで
・練習などまったくせず
・きちんとした録音機器なども使わず
・猫も大いに邪魔をする

これだけの前情報を与え、聞くに値しない演奏であることをお伝えしたにもかかわらず、私がちょっとお願いしたこともあってか、聞いてくれた人、感想もくれた人もいて、ほんとうにうれしかった。うちの電子ピアノも幸せだったと思う。

しかもね、プロのミュージシャンをされているブロガーさんが、読者登録と、YouTubeのチャンネル登録を同時にして下さったの。もう、びっくりですわ。ありがとうございます。

皆さんの誉め言葉を、昔の私なら「社交辞令だろう、お世辞だろう」と受け取っていたのだけど、もうね、今は人様のお褒めの言葉は額面通りに受け取ることにしました。だってそのほうが幸せじゃない?

さて、昨日なかなかアップロードにてこずりましたが、今日は職場のWiFiでさらにアップロードできました。家にWiFiないんだけど、今まで家には寝に帰るようなものだったから、あまりなくても困らなかったんだよね。

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愛は勝つ
真夏の果実
壊れかけのradio
夏祭り
I LOVE YOU
ラブ・ストーリーは突然に
SAY YES
どんなときも。
君がいるだけで

マシューさん風に言えば、「愛、分かつ」
尾崎豊も亡くなったね。この「平成の名曲」に選ばれた人って若く亡くなった人の割合意外と多い。
東京ラブストーリーはドラマも見てたなぁ。
SAY YESは菊池桃子も違う曲だったけど歌ってたことを知っててあげてください。かわいい。(こんなこと書くから、おっさん疑惑がなかなか晴れないのか…)

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Forever Love
田園
君を忘れない
CAN YOU CELEBRATE?
White Love

Time goes by

Xジャパンはメンバー2人も亡くなっちゃうし、安室奈美恵は引退したし、でも一番衝撃だったのは、SPEEDのメンバー、上原多香子とか今井絵理子とか、いろいろあったね。初めてSPEED見たときは、子供なのにパワフルだなぁなんて思ってたのに、すっかり大人になっちゃって、平成は長かったんだなぁ。


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未来へ
終わりなき旅
First Love
TSUNAMI
桜坂
SEASONS
らいおんハート
Everything
涙そうそう
小さな恋の歌
世界に一つだけの花
雪の華
瞳をとじて
栄光の架橋
ハナミズキ

私、ミスチルって今まで2曲しか知らなかったからミスチルについて語る言葉を持たないんだけど、少なくともこの「平成の名曲」に入っている3曲はタイトルに「否定語」が書いてあることに気づいた。「Tomorrow never knows」「名もなき詩」「終わりなき旅」…なるほど。とりあえず、タイトルに否定語を入れてサビに三連符を多用すれば、ミスチルっぽくなって売れるかもしれない。「免許なき医師」という曲でもつくるか…

あ、私はちゃんと「医師免許はありまぁす」…小保方さんも平成を彩る一人だったなぁ。
SMAPも解散したねぇ。理由はしらないけど。
Everything…「やまとなでしこ」のドラマ見ていたなぁ。

瞳をとじて」…サビしかしらないから動画見に行ったんだけど、歌詞が衝撃的だった。

朝目覚めるたびに君の抜け殻が横にいる

これって、こういうことじゃない?

そういえば、昔、ちょっとだけ埼玉の奥地に暮らしてたとき、朝起きると自分の顔のすぐそばに、当時の愛猫が狩りの戦利品をそっと置いててくれるんだけど、そう、あの黒光りしたアレね。起きた瞬間、すぐ目の前にあるわけよ、アレが。「瞳を閉じて」なかったことにしたいけど、なんの解決にもならない。以来、どんなに散らかしてても、流しの皿はなるべくその日のうちに洗うようになったよ。



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さくら(ケツメイシ
桜(コブクロ
粉雪
Story
千の風になって
三日月
純恋歌

手紙~拝啓 十五の君へ~
キセキ
あとひとつ
ありがとう

この時代になるともう、私はどこの国の人?ってくらい知らない。完全に知っているのは「千の風になって」だけ。あと3,4曲はサビだけ、そのほかは初めて聞いたんではって感じ。やっぱりTVを見ないのと、彼氏とか人付き合いをしなくなると疎くなるね。よって、この⓹ブロックに関しては、思い出すエピソードも何もなし。覚えるのちょっとしんどかった。

この平成の名曲①はまだましだったんだけど、1日でiPhoneを酷使しすぎたせいかわからないけど、音質がすごく悪くなってました。
だから、無理して聴いてくれなくてもokです。

今度はちょっと奮発してちょっと高級の電子ピアノ買います。そんで、録音の仕方ももうちょっと考えよう。
ひよさんの好きな奏、ごめんなさい練習していません。新しいピアノ買ってから、ちゃんと前奏付きで改めて弾きますね。
knoriさん、今度、スピッツの詰め合わせ、贈りますね!

今回の企画は、完全に私の自己満足の世界で、実際は音質が良くないので、BGMにするといってくださった奇特な方のために、新しいピアノで、もうちょっと良い音で弾こうと思います。73曲は多すぎるので、セレクトで。リクエスト募集します!あのリスト以外でもありです。昭和シリーズもやろう。こっちのほうが知ってるので楽勝。


相棒のピアノ、長い間ありがとう。お疲れ様。君とたくさん遊べて楽しかったよ…


ではまた。