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ADHD猫p的南米放浪回想記【コロンビア編】

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こんにちは、 猫pです🐾

今日も過去記事にて失礼します。
個人的な忘備録であり、旅のお役立ち情報は全くない事をお断りしておきます。


私が南米を放浪したのは、 今をさること 〇〇年、つまり大昔、 私がまだピチピチに水を弾く22歳だった頃のことです。

1年半滞在したNYから、日本に帰ることにした私の手元には、その時たまたま手元に、日本円で10万円ほどの所持金がありました。

せっかくだから、南米にでも寄って帰るかと、 まるで仕事帰りにコンビニに寄って帰るような気軽さで思いつきます。


そして、 22歳の7月から、2か月間かけて、 コロンビア➡エクアドル➡ペルー➡ボリビア➡アルゼンチン➡チリ➡コロンビアと、 単身でぐるっと回ってきました。


もちろんADHDで方向音痴な私の旅が、予定通りに進むわけもなく、思い出すだによく生きてたな〜私、と不思議に思います。


では、コロンビア編、お付き合いください。



南米に行くと決めてから、 スペイン語の30日完成の本を、 おおざっぱに 1週間で読み、 NY からコロンビア行きの飛行機に乗りました。

隣に座った太めの愛想のいい、 エルダというコロンビア女性は、 バカンスを利用して久々に実家に帰るのだと、 嬉しそうに話しかけてきます。

コロンビアの空港に着いて、 さあ 宿でも探すかと(事前に予約などしない) 、エルダとさよならしようと思ったら、

彼女の荷物が思いの外多かったため、 手伝いを申し出ます。

一緒にゲートを出ると、 そこには、 エルダを歓迎する横断幕を掲げた大勢の家族の姿が!


『うちに泊まっていきなさいよ』と言われ、
お言葉に甘え、 首都ボゴタにあるお家へ。

(こういう軽率な行いは、 マネしてはいけません。 犯罪に巻き込まれる可能性もあるので。 )


これが3階建てのものすごく広い豪邸でした!
ちなみに、2階は、 ダンスフロアというか、 ディスコ(クラブ?)でした!

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(写真は本文とは関係ないパリのジャズバー)



コロンビアの朝は、かぐわしいコーヒーの香りから始まります。

『ティントいる? 』と、 お手伝いさんが起こしてくれます。

このティントというのは、 コロンビアコーヒー のことなんですが、 コーヒーに必ずミルクを入れるお子様味覚の私が、生まれて初めて、 ブラックを美味しいと感じたコーヒーです。お試しあれ!



さて、その家には、いろんな年代の女性達がいました。 男性は、小学生から20代半ばくらいまでの若い男性達はいましたが、 よく見ると、働き盛りの男性の姿はありません。

働き盛りの男性たちは、 皆、 貿易関係の仕事で外国にいるとのことでした。

では、 女性たちは?


どうやら、 その家には、 女性達が働く必要がないほど資産があり、お手伝いさんも庭師もいるので、 特に何もすることがなく、 暇を持て余している様子。

男性達は、 そんな暇を持て余した女性達の為に、 家の中にディスコを作ったのだといいます。

ディスコで、 時々来るお客さんに、 飲み物を運んだりして、 少し仕事をすることは、 いい気分転換にもなるし、 暇すぎて太ることもなくなるからいいんだそう。

とは言え、よくよく見ていると、 実際飲み物を運んだりして働いているのは 、 10歳の男の子のジェイソンだけで、女性達は、 飲んだり踊ったりしていました。

私は、 その退屈を持て余した女性達の格好のおもちゃとなり、 派手なオープンカーに乗せてもらって、 ショッピングモールに行ったり、 きれいな滝のみえる名所に連れて行ってもらったりしました。

女性たちは何しろ暇なので、 毎日のようにイベントを楽しんでいました。例えば、 ラウラという赤ちゃんの1歳の誕生日には、 楽団を家に呼んで室内楽の演奏でお祝いをしてました。



ところで、 コロンビアという国は、 世界的なスタンダードでいうと、 決して安全な方ではありません。

私が、 パリでテロがあった直後にパリ行きを決めたとき、 周りの人は心配をしてくれましたが、 コロンビアは、 パリよりもずっともっと危険な国です。

しかし人間とは不思議なもので、 どの国の人も、自分の国の事はあまり危険じゃないって思ってるんですね。

同じ刺激に晒されると、人は慣れてしまうということを、目の当たりにしました。


コロンビアの首都ボゴタの市街地にいくと、 道の両脇に1メートル間隔くらいで兵士が大きな銃を脇に抱えて立っていました。

ずいぶん物々しいなと思って尋ねると、 テロが役所を攻撃したので、 あの通りまだ改修中なのだと、痛々しい建物の跡を指差して見せてくれました。

まるで、 『またストライキで、 電車止まっちゃって 困るわ〜』というような軽さで、 テロについて語るのが印象に残っています。 おそらく、割としょっちゅうあるんでしょうね。

一方で、 コロンビアの その家に滞在している時に、 震度2くらいの地震があったのですが、 みんながリビングに集まり、シャワーを浴びていた26歳の長男も濡れたままシャワー室を飛び出し、 近所の人もやってきて、みんなで神妙な面持ちでテレビを食い入るように見ている様は、 日本人の私には不思議な光景でした。

怖がるポイントが違う!


さて、その家には、 なぜかものすごい長身超絶美形の次男24歳が住んでいました。 長男もまぁまぁかっこいいのだけど、 どう見ても、 DNAが違う気がする。 もしかして、 旦那さんの留守中に、奥さんが 暇を持て余してつい …?と、思わずゲスの勘ぐりをしてしまいそうなくらい、 彼の容姿は異彩を放っていました。

その、パリコレのモデルかと思うような次男、レオが、 あろうことか、 私のことを好きになったというのです! まだコロンビアに滞在して、 1週間も経っていないんですが。

周りも、あまり真面目な人や慎重な人はいないので、面白がって、いっそこのまま結婚して、 ずっとここにいればいいじゃない!という流れが出来つつありました。


確かに、 もう一生働かなくてよい、 家事もしなくてよい (☚これ、 すごい魅力的な条件)、 ダンナは超美形、姑達は優しい…何を迷うことがありましょうか。こんなチャンスは2度とないでしょう。 元々男性にモテるタイプでないのに、 なぜか、 よりによってイケメンが血迷ってくれている。 これ以上を求めたらバチが当たるというものです。

でも …


当時私は、 賢い人が好みでした。そして、 レオは、 性格はいいんだけど、 実は、


口を開くとちょっと残念なイケメンでした。


ある時、 ジェイソン(10歳)が、私に宿題を教えて欲しいと言いました。

その場にいたレオが、 『僕が教えるよ』というと、 ジェイソンは、申し訳なさそうに、『レオは、 …いいよ』と断るではないですか!

私は、 1週間後にエクアドルに移動する予定だったのですが、 レオがついて行くと言いました。 彼は、 次のように言いました。

『僕がいた方がいいと思うんだ。君はスペイン語があまり上手じゃないから、 僕が間に入って、 優しくゆっくりのスペイン語に、直してあげる』と。

でも、 それって単に、 私が相手に直接、『もう少しゆっくりわかりやすく話して』と言えば済むのでは、と思い、そう伝えると、レオは、 ハッと気づいたようで、少し悲しそうな顔をしました。


コロンビア滞在1週間後、 予定通りエクアドルに出発する時になって、 レオは悲しそうに


『ごめん、 やっぱり一緒にいけない。 所持金がこれだけしかなかったんだ …』


と、見せてくれた手の中の所持金、 日本円にして、 500円くらい …。

24歳…



軽装な私に、 その家族は上着を貸してくれて、 必ず帰りにまた 寄りなさい、と言ってくれました。

そして私は、 エクアドル行きの長距離バスに乗りました。節約のため、 1番安いバスを 選びました。


この後、 二度と1番安い乗り物には乗るまいと、心に誓う程の恐ろしい事が待ち受けているとも知らずに…


次回、 【エクアドル編】に続きます。

ではまた。

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