猫にそんなこと聞かないで。

発達障害とか精神科医とか猫とか外国とかの話

発達障がい者の私が医者として生きるという覚悟

こんにちは、猫pです。
今日は、いつも強く賢くカッコイイももはなさんの次の記事を読んで、発達障がい当事者として思うことを書きます。
however-down.hatenablog.com


私が子供の頃、まだ発達障がいという概念はなく、私は学校では『変な子』『怠け者・だらしない子』『しつけがなっていない子』という認識をされていたように思います。両親は、子育てについては基本的に放任主義でしたが、2歳上の姉と違い、明らかにいろいろな面で危なっかしいうっかり者の私に危機感を抱いたのか、私に次の3つの禁止を言い渡しました。
① クレジットカードを持たない。
② 車の免許を取らない。
③ 揚げ物を作らない。

①はともかくとして、②③については、下手をすれば自分が死ぬだけじゃなく、他人を巻き添えにしてしまうかもしれません。

①が禁止の理由は、私だったら必ず紛失して誰かに悪用されてしまうだろうということでした。これをいい渡された当時は、クレジットカードがなくてもさほど困ることのない社会だったので、しばらく持たなかったのですが、パソコンを使うようになるとプロバイダー契約やらなんやでクレジットカードが必要となり、①のいいつけは破りました。

②については、やはりいいつけを破って車の免許を取るには取ったのですが、その後自分の集中力のあまりの極端さ、集中力のコントロール困難に気付いたため、完全なるペーパードライバーです。この先も多分一生運転しないでしょう。

③については、やはりいいつけを破り、バイト先で揚げ物を作ったのですが、不注意で煮立った油を手首にかけてしまい、ひどい大ヤケドを負いました。でも、この程度ですんでよかったのです。もし、揚げ物を作っていて、何らかの電話連絡が入り、その内容に集中してしまい、そこで買い出しでも頼まれて、うっかり火を消すのを忘れていたら…、と考えるだに震えが来ます。揚げ物はそれ以後1度もしていません。



こんなうっかりものの自分が、ある日こともあろうに精神科医になろうという大それたことを考えてしまいました。精神科医臨床心理士はよく混同されますが、精神科医は医者です。極端な違いを言えば、臨床心理士の仕事上でのミスで人が死ぬことはほぼないですが、精神科医はミスの内容・程度によっては、患者さんが死にます。医者は人の命を預かる仕事です。


受験勉強を開始してから、自分の脳と『受験勉強』はわりと相性がいいことに気が付きました。おそらく、このまま勉強すれば、国公立のどこかの医学部には入るだろう、と確信しました。発達障がいの一部の人間は、こうした情報処理ゲームのコツをつかむことが得意だったりします。自分もそのクチなのでしょう。

でも…、親に禁止事項を申し渡されるほど、恐ろしく不注意な私。こんな私が、この不注意なままで医者になってしまったら、大変なことが起こるのではないだろうか。人を殺してしまうのではないだろうか…


悩んだ結果、私は受験校選択における自分の必勝パターンを捨て、あえて自分にとって不利な大学を受けました。

国公立の医学部受験には、国公立大医学部と、国公立医科大学があります。前者はほとんどが他学部と共通問題を出すため、東大京大等を除けば、標準問題が主です。一方で、後者は医学部しかないので、問題は難しめのものが出ます。もし医科大学を受験した場合は、多くの人が難問を解けないため、ここで難問を解くことができる人は、多少のミスがあっても余裕で受かるでしょう。ところが、医学部内でもそこそこ偏差値が高いのに問題自体があまり難しくないタイプの国公立大学医学部だと、受かる人はみんな数学など満点を狙ってきます。この場合、ほんの小さな1つのケアレスミスが命取りです。

つまり、医科大を受験すれば、多少のミスも挽回できることがわかっていましたが、私はあえて、1つのミスも許されない類の国立医学部を受けることで、大学入試を自分の適性試験としてとらえ、自分にプレッシャーをかけました。根性や精神論などでは自分の集中力をコントロールできないため、ミスノートを作って、ノートの左側にミスのパターン、右側にその対策を書きました。例えば、左側に『2bを途中から26と見間違えて計算していた。』右側に『bを筆記体で書く。』など。パターンは200近くに及びました。また、試験中にミスをすることを前提に、確認方法を徹底的にマニュアル化しました。その結果、私はその大学にわりと上位で受かりました。私は医学部に受かったということより、自分の不注意をかなりのレベルまで克服することができたことがこの合格で証明できたため、うれしくてたまりませんでした。


その後も、大学を卒業し、職に就くまでに、発達障がいの特性上、苦手なタイプの業務にいろいろ遭遇してきました。でも、そのたびどうにか乗り越えてきて、今があります。今では、私が自分のことを発達障がいと話しても看護師たちはなかなか信じません。何人もの医者がクビを切られるのを見ましたが、私の今の職場では、私が海外に行く際に、『いつ帰ってきてもポストを空けておく』と言ってくれ、実際すぐに雇ってもらえるくらい、問題なく働けていると思います。

今、私の職場には私以外にも発達障がいの疑い濃厚な医師がいます。なかでも一人、明らかにひどい診療をしている先生がいらっしゃるので、ここはひとつ、発達障がい同士腹を割って話すというていで、少しサポートできたら(自分よりかなり経験が上の先生だけど)と思い、まず自分がADHDであることを話題に出して、『実は僕も…』という流れを引き出そうとしたのですが、驚いたことに彼は、自分は違うと否定しました。これはダメだ。自分自身が発達障がいであることから目をそらしている。この事実から目をそらし続ける限り、彼は自分の苦手なことを把握して対策を講じることなどできない。でも、このままでは患者さんの健康状態に害が及ぶのです。残念ながら内部告発するほかに患者さんを守るすべがない、と思いました。


発達障がいの人は、私のように克服の努力をするべきだ、というつもりはありません。私はたまたま自分が望んだ職種が人の命を扱うことだったから、ここまでするべきだと思ったまでです。雇う側が、身体障がい者ばかりを選び、精神障がい者を差別することに対しては、自分たちの権利を主張するだけでなく、雇う側のリスク管理という面から眺めてみて、きれいごとや理想論ではすまない実情を慮る必要があります。

そのうえで、発達障がいであることから目をそらさず、また逆に発達障がいであることに甘えず、自分は何ができるか、何ができないかを明らかにして、自信をもって自分の特性を活かし、自分の弱点に理解を持ってもらえる職場で、誰もがいきいきと働けるようになれたらいいなと思います。

ではまた。