猫にそんなこと聞かないで。

発達障害とか精神科医とか猫とか外国とかの話

強みと価値観【前編】

(約2800文字)
だいぶ前になるが、勝間和代氏が「弱みにフォーカスするのでなく強みを活かす方がよい」という趣旨のことを語っていた。
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これに対して、ADHDであっても23歳で公認会計士試験に受かったような優秀な人がそんなこと言っても、所詮は勝者の論理であるし、ほとんどの発達障害者はそこまで抜きんでた「強み」はない、といったような意見も散見された。
でも、「強み」っていったい何を指すのだろう。


どうやら「強み」とは、その人の得意なことという風に解釈されているように思える。「数字に強い」「コンピューターに強い」「会計に強い」「語学に強い」…他人から客観的に評価されうる、お金を稼ぐことに直結する能力といったあたりか。


ところで私にも私自身の強みだと思っていることがある。それは何か?


医者であること? まぁ食いっぱぐれのない資格ではあるけど、先のことはわかんないよね。歯科医や弁護士のように増えすぎて稼げなくなるかもしれないし。


私は自分の「強み」のおかげで、フリーターの頃から精神的には安定していた。



私の強みは、貧乏と孤独に強いこと。


例えば、生まれたときから超お金持ちの人って、かわいそうだなって思う。
だって、質の良いモノに囲まれて育ち、友人たちも同じレベルの人たちで、何不自由なく生きてきて、もしそれが、何かのきっかけで転落して、四畳半のアパートに住まなきゃいけなくなったら、それまでの生活と比較して惨めな気持ちになるだろうし、友人たちと比較して死にたくなるかもしれない。
あるいは、その生活レベルを維持するために、経済力のみの男に媚びを売ってお金はあるけど愛のない暮らしを選択するのかもしれない。

あるいは昔から勉強が出来て、有名進学校難関大学に入った人。周りの同級生がやれ外資系だ起業だとキラキラしているのに、就職でつまずいたり、名の通った企業に入ったけど上からのパワハラに遭い、ドロップアウトしてしまった人。

こうした人が不幸なのは、デフォルトのスペックが高かったということだと思う。するとどうしても、過去のキラキラしていた自分と比べたり、今もキラキラしているかつて同じ境遇にいた友人たちと比べてしまい、落ち込んでしまう。


私は今、たまたま医者だけど、もし仮に医師免許をはく奪され、4畳半アパート暮らしに戻ってもそんなに不幸と思わない。なぜかと言えば、もともとの自分のデフォルトがとても低い位置にいたから。だからプライドも高くない。働けなくなれば生活保護を申請するのも躊躇しない。



私は、小学校入学時の知的レベルがあまりに低かったらしい。
たぶんIQ70そこそこくらいの境界域。
ごく普通の公立小学校の入学進学が難しく、特殊学級(今の支援級)を勧められたけど、母が「楽なところに行くとどこまでも怠けるから」と私をむりやり普通学級にねじ込んだ。
でもね、普通学級の入学が渋られるレベルだから、授業なんてついていけないわけよ。だって1分も集中して聴いていられないんだもの。周りの子たちは優しかったよ。きっと「できない子には手を差し伸べましょう」と教えられたんだろう。
じっと座っていなきゃいけない授業が苦痛すぎて、爪を剥いたり、唇をかんだり、自分の髪を強く引っ張ったりしながら地獄の長時間を過ごした。たまに先生が面白いことをいったりして、皆がどっと笑う。自分だけそこに入っていけない。私が授業中に自傷しないですむようにか、母がマンガを渡した。私は授業中にこっそりとマンガを読んでやり過ごした。


そうか、私って「ばか」なんだ。しかも、この中で私だけが「ばか」なんだな・・・。しみじみと思った。


中学に上がっても高校に上がっても、椅子に座って授業を聴くという、多くの人にとって簡単なことが自分にはできなくて、学校にあまり行かずに家でピアノを弾いたりマンガを読んだりしていた。高校生になっても、分数の足し算引き算もおぼつかないレベルだった。


親は親で、私が変なのは、私が赤ちゃんの時に親の不注意で転落して後頭部を打撲し数針縫う大けがをしたからだと思っていたようだ。責任を感じたのか、勉強ができないことに対して何も言われたことがない。


子供の頃の私は、「勉強ができない」ことと「コミュニケーション能力がない」という2大障害があったが、それに対して、2つともいっぺんに克服するのは無理だろうと思った母は、勉強を捨てて、娘のコミュニケーション能力を育てようとしたのだと今になって思う。母によれば、たとえ勉強はできなくても、他人とコミュニケーションをとることが出来ればそこそこの稼ぎでも幸せに生きていけると思ったとのこと。このため、学校の宿題一つしたことがなかったが、漫画(特に少女マンガ)を読み込み、心理描写から人の気持ちを学んでいき、母とコミュニケートすることで、今でも時々失敗はするけど、どうにか人の気持ちを慮ることができるようになっていった。


この幼少期、私が親に叩き込まれたのはコミュニケーション能力だけではなく、徹底した節約精神だった。節約のために工夫を凝らす徹底した節約ぶりに、うちはいったいどれだけ貧乏なのだろうといつも思っていた。

しかし、実際には特に貧乏ではなかったようだ。大人になってから知ったが、親は私が経済的に自立できるとは思っていなかったため、私のために少しでもお金をためておこうとしたのだという。

この幼少期の貧乏生活が染みついているせいか、今貧乏生活に戻れと言われてもそんなに抵抗ないと思う。初めて一人暮らしをして払った家賃が1万3千円。そして今は3万5千円。ちょっと贅沢になってしまったけど、相変わらずスーパーの普通の納豆で食べる納豆ご飯で幸せになれる貧乏体質は健在。他の医者たちが高いワインを楽しんでても、気にならない。いつ貧乏になっても怖くないって、最強の「強み」だと思う。


あと、孤独も怖くない。もともと子供の頃からずっとひとりぼっち気分を味わって生きてきて、それがデフォルトだから。寂しいと思うこともないし、「友達や恋人や夫や子供がいない人」に見られるのが嫌、というふうに他人を気にすることもない。だから「ぼっち焼肉」も「ぼっち映画」も「ぼっちジャズライブ」も楽しめる。「ぼっちディズニー」は、もともとディズニー興味ないからね。

ということで、私の強みは、デフォが「勉強もできず友人もいない」低スペックであったことから、その状態に転落してもそこそこ楽しく生きていけるということ。見栄っ張りじゃないから、月12万くらい稼げたら笑顔で暮らせる。貧乏で友達いなくても、図書館と自然の多い公園があれば自分はまぁまぁ楽しく生きていける気がする。

さて、自分の弱みについて私はどうとらえているか。強みと弱み以外に自分が幸せに生きるために基準としていることなどについて、長くなったので後編に続く。

ではまた。