猫にそんなこと聞かないで。

発達障害とか精神科医とか猫とか外国とかの話

強みと価値観【後編】

(約2800文字)
こんしゅうは、きついよ。
きんようあさから48じかんきんむとおもいきや、にちようとうちょくのせんせいがこれなくなったから、そのままあすのゆうがた5じまではたらくよ。56じかんきんむだよ。しくしく…( ;∀;)
しかも、きょうはヘビーだった。さっきまでうごくかんじゃさんのあたま、ぬってたよ。エプロンもろくにぬわなかったのに。
つかれついでにブログかくぜ。あたまはたらいてないぜ。

(こんなこと言いながら本当は、気が合わない人たちと食事に行くことに比べれば、この程度の仕事量の方がまだ疲れない)




前編と後編でそれぞれ、生きる上での自分の「強み」と「弱み」について書いた。これを縦軸としたら、横軸は価値観だと思っている。この二つで自分の座標軸を定める。

さて、価値観とは何ぞや。何に自分が価値を見出すか。難しいことは考えない。

愛、優しさ、正義、論理、調和、安定、自然、発展、信仰、…金(正直!)、…

こんな感じのことかな?(かなりテキトー)
私にとって、一番重要な価値は、「自由」ということ。

こういうと、誰もが「そりゃあ自由なほうがいいよ」というかもしれないが、例えば「安定」には「停滞」が伴うように、「自由」には「孤独」が伴う。もしかするとさらに「失敗」やら「無謀」やらも伴うかもしれない。それでも、「自由」が好きという人は、それがあなたに向いているということだ。

私は今、2つの病院で二股をかけていて、どちらからも「常勤にならないか」と誘われたが、断って非常勤のままで働いている。それは、非常勤のほうが、自由に動きやすいからだ。実際、10月から勉強のためたびたびロンドンに滞在するが、その間、インド在住の先生に代診をお願いすることで、気ままにしたいことをさせてもらっている。

時々そんな私の生き方を「いいな~」と羨むようなことを言う人もいるが、実際に同じことをしようとする人はいない。みんな、常勤医でないと、きちんと指定医や専門医などの資格をとらないと、不安だし、それが当たり前だと疑わない。こういう人たちが、私と同じことをしても、価値観が違うのだから幸せにはなれない。

世間的な価値観に惑わされず、自分はどんな状態でいるのが一番ストレスが少なく、自分らしく生きられるのか、「みんながやっているから」とか「人から褒められるから」とかじゃなくて、もっとオタクのように「誰が自分のことをどんなふうに見ようとも、こういう状態が幸せ」みたいな純度の高い幸せについて、自分なりにセンサーを働かせるといいと思う。でも日本人はそれが苦手だよね。「他人の目」がまず先に来る。そこを突き抜けた先に本当の幸せがあると、私は思うんだけどなぁ。

何を選択すれば、何を手に入れれば必ず幸せになれるのか。そんな万能薬なんてないよね。宝くじで1億円当たったって幸せになる人もいれば不幸になる人もいるんだから。

toyokeizai.net

「こうすれば、絶対に幸せになれるはず!」と盲目的に思い込んだ親が、子供を無理やり東大に入れようと教育虐待をして、ストレスの溜まった子供がそのはけ口にいじめをするといったことが起こっている。


そこに行けばどんな夢もかなうというよ
誰もみな行きたがるが遥かな世界…


東大はガンダーラじゃないっつーの!
東大がそんなに好きなら直接自分が挑戦すればいいのに、自分ではやらず息子に代わりに挑戦させる。
息子は息子で、つらいなら直接親に反抗すればいいのに、親に歯向かわず自分より弱そうな子を虐める。



受験勉強よりも子供の本の中に、幸せになるためのヒントがたくさんあるよ。

例えば、「醜いアヒルの子」
内容は、皆さんご存知だろうからざっくり書くと、アヒルの子供たちの中で一匹だけ毛色の違う子がいて、醜いと虐められていたけど、大きくなったら実はアヒルじゃなく猫だった。大きくなった猫は自分を虐めたアヒルたちを焼き鳥にして食ったとか。まぁ、そんな感じの話。

この話を一文で要約する。

集団の中で劣っていると思っていた自分は、劣っていたんではなく単に違っていたのだ。

そして例えば、「シンデレラ」
原作では、ガラスの靴ならぬ金の靴に自分の足を合わせるために、母は姉たちに、指やかかとを切り落とさせてまでその靴を履かせようとする。これ、「東大」というハイソな靴にむりやりサイズの合ってない子供の足をねじ込もうとした上の記事の母親のようだね。

確かにそのキラキラした金の靴を履いている人は周りから羨ましがられるかもしれない。でも、その靴の中では血を流しながら足が悲鳴をあげている。
そんな窮屈な靴を履いて足から血を流しながら生きるくらいなら、私は裸足でいい。外から見れば、靴を履かない私は哀れで不幸な人に見えるだろう。でも私の足は開放感で喜んでいる。靴が欲しくなれば、自分でぴったりな靴を探しに行くか、なければ自分で作ればいい。


そろそろ気付こう。
周りとの「どっちが幸せかゲーム」から降りれなくって辛いよね。
笑顔で履いている、その成功を象徴するキラキラした靴の下で足は血だらけ。痛いんでしょ。


もう、いちぬーけた!で、そんな靴脱いで自分の靴を探しに行こうよ。
みんながイイねって言ってくれなくても着たい服を着よう。
心の声を聞こう。体の声を聞こう。ほんとにそれがあなたにとって幸せ?
そのハイスペックな浮気男にしがみついているのが、そのマウンティングばかりの有名企業にしがみついているのが、幸せ? 


ある医学生の女の子は、大学で卓球がしたかったのに、母親に婚活のために男ウケするテニスにしろと言われたそうだ。


こんなわからずやたちには、アンパーンチ


アンパンマンのマーチを聞いて、勉強しなさい。
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なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!


なんか文体が崩壊して何が言いたいのかわかんなくなったけど、いいんだ。私の価値観は「自由かどうか」だから。


君がどんな靴を履けば君の足は喜ぶのかな。

ではまた。